私たちのめざす剣道指導(剣道日本掲載)

頭で考えるレベルアップ作戦 一撃の美を求める「剣道学校」の指導法
私たちのめざす剣道指導(大塚忠義、坂上康博)
イラスト/輪島正裕

1.はじめに

前号では学校の全体像をお伝えしました。今月は指導の概略についてお話をします。

ふつう、剣道の指導というと素振りや構え、打ち方や受け方、さらにいろいろな技を指 導します。もちろん、私たちもそのような動作を教えますが、それ以上に相手を崩してスキを作ることを大事にしています。単なる動作を教え、それができて も、いつどのように使うかが分からないと、結局は間合の近い団子状態になり、叩き合いになってしまうからです。私たちの指導の特徴の第一は<スキが分かり 予測できる動作を最初から教える>ことです。

もうひとつの特徴。それは<有効打突とは何かを分析することを教える>ことです。い うまでもなく、有効打突は剣道の目標です。ふつうの指導では先生が、「それは有効打突ではない」「気剣体が一致してない」と解説し、どれが正しい有効打突 であるかを教えているでしょう。私たちは初期の段階から、例えば初心者にもどんな打ちが「やった!」と思い、「やられた!」と思うのか、その実感を分析さ せながら、有効打突を明確にしていきます。そして、その基準をあげながら、骨太い技の学習に結びつけていくのです。

また、お互いに不安や恐れを感じる動作や行為をとりだし、それを反則にします。つま り、ルールをお互いに感じ考えながら技を学んでいくのです。ですから私たちの指導は、技術を覚えるだけでなく、意図的に有効な打突や反則を考え学ぶことを 教えます。この二本の柱が指導の内容になるのです。

2.剣道学校の指導-どんなことをやってきたのか

ここで私たちのやってきたいくつかの指導法について簡単にお話しします。それぞれについては次号以降で詳しく説明します。今回はまず、私たちの目指している指導法のポイントを具体的にイメージしていただければと思います。

(1)スキの予測を分かるために、フェイントを教える

私たちはスキを作るために、面を攻め胴を打つというフェイントを基本のひとつとして教えます。攻め-崩しのひとつの形態としてフェイントをとらえています(この他、基本としては小手-面や払い面、面を受けて胴などの実践もあり、まだ確定していないのが実状ですが)。

いずれにしても初期の段階では、一本打ちの面はスキを作りにくいと考えています。なぜかというと、一本打ちの面は、 相手の防御や攻撃よりも早く打てる正確な間合いがとれ、スムーズな踏み込み足や竹刀の動かし方ができないと成功しにくいのです。というのも面打ちは動作を 起こしてから相手の面に当たるまで約0.4秒かかり、これに対する防御は0.2秒ですみ、防御の方が強いのです。ですから、スキを作ることが分かりにくい のです。

私たちは、俗に「頭かくして尻かくさず」というように、面への防御意識の強さを逆に利用して、面を攻め面の防御を引 き出して胴を打つ、という動作でスキの作り方を教えるのです(イラスト1)。ただし、面を本当に打ってしまうと、力が入り過ぎ竹刀を横軸の方向に切り換え にくく、また、面部位と胴部位がほぼ同じ距離にあって面と胴という二歩のフットワークが難しくなるので、小さく一歩踏みながら面は振りかぶるのみで、相手 に面にくると思わせるだけ。このフェイント攻撃は、相手が出ばな技が使えるようになると効果が薄くなるので、初期の段階のスキの予測を教えるという方法な のです。

(2)一歩の踏み込み足の距離を知り、危険な位置と安全な位置を理解する

相 手に瞬間に近づき、打ち込むために踏み込み足が使われます。ではバランスをとりながらの踏み込み足はどれぐらいの距離が確保されるのか。初心者の体格や脚 力・背筋力などによって多少の違いがありますが、ほぼ70㎝~80㎝といえるでしょう。だれもが自分が一瞬にして縮めることのできる距離を分かる必要があ ります。

これを把握するためには(イラスト2)、両足を揃え両手を伸ばして竹刀を面の上におき、 そこから左足をやや大きく一歩退いて構えます。逆にいえば左足を一歩退いたところから、右足を一歩踏み込めば竹刀が面に届く距離を知ることなのです。面打 ちの当たっている局面から逆算して一足で届く距離を覚えるのです(注1)。

相手と向かい合った状態では、面打ちには竹刀の中結が交わるあたりが一歩で踏み込める距 離となります(注2)。しかし、この距離は相手も打てる距離ですので、危険な距離です。ですから、もう少し退いて、竹刀先が交わるぐらいの距離が攻撃にも 防御にも重要な距離となります。(1)で述べた、面を攻めて胴を打つ場合、最初の振りかぶりの面は、竹刀先の交わる距離から中結いの交わる距離まで小さく 一歩入って、その後、胴を一歩の踏み込み足で打つというツーステップなのです。

(注1)いわゆる一足一刀という竹刀先の交わる距離では、初心者による動的な関係での面打ちは極めて成功しにくい。中結の交わるあたりが一足で打てる距離となる
(注2)小手の距離は違うので、面との関係では二重の距離の予測になる。この点は連載中に詳しくお話します。

(3)防御力をつけ攻撃を確かなものにする

ふつうの指導では、防御の方法は自然に覚えるものと考えられがちですが、私たちは防御を 積極的に教えます。というのも、防御を知らない、できないということは、いつも打たれるのではないかという不安があり、攻撃しようと思っても機会や間合い を正確にとる余裕がなくなると考えているからです(イラスト3)。多少、恐い距離に入っても、打たれないという余裕や自信があれば攻撃もしやすくなるので はないか、つまり、攻撃のために防御力が必要だと考えているのです。また、技を練習していくときに相手が無茶苦茶な防御をとるようでは、攻撃するときに相 手の対応を予測できなく、思い切った攻撃もできないことになるのです。

このため、例えば「宣告防御」という練習を行います。それは攻撃側が打突しようとする部 位をあらかじめ「宣告」し、次に打っていく。例えば、「面!」といって面を打ち、次に「小手-面!」といって、小手-面を打つ(イラスト4)。このような ことを4~5回行うのです。防御側は何が攻撃されるのかをあらかじめ知った上で、竹刀やフットワークを使って相手の竹刀を逃げ、防御に慣れるのです。この 時の合言葉は、腕や足から緊張をとる意味で…とくに「顔」に余裕が現われるように「ルンルン、防御」「ウィズ・スマイル」としていますが、どうでしょう か。

(4)一方攻撃で攻撃・防御を総合する

ふつうの稽古はお互いに攻撃し、それに対応し防御もすることになります。これを私たちの 言葉では双方攻撃といいますが、私たちはそれはかなり難しいことだと考えています。というのも、今攻撃しようとすると、その時に「相手も攻撃してくるので はないか、ぶつかるのではないか、自分の打ちが思いもかけないところに当たってしまうのではないか」など、さまざまな局面がイメージされ、思い切った攻撃 ができなくなります。攻防を一緒に考えなければならないという頭の中のパニック状態をなんとかしたいのです。

そこで技の習いたてでは、一方は攻撃のみ、他方は防御のみにして練習するのです。ただ し、防御が遠くに逃げてしまい攻撃ができないことをなくすために、竹刀先を交えた距離で行うことを約束します。こうして判断しなくてはならない情報を制限 し、練習しながら次第に双方攻撃に移っていくのです。

(5)二刀でスキを作り、一刀を強める

初心者に二刀を教えるなんて「とんでもない」と思われるかも。でも、短い竹刀が用意できれば、さほど難しいものではありません。

私たちは三つの理由から二刀を行っています。一つ目は、二本の竹刀で一本の相手を攻撃す ることのやさしさ(イラスト5)。例えば、片方の竹刀で相手の小手を脅かし、相手がそれを防御した時、スキとなる面をもう一本の竹刀で攻撃するなど、二刀 の多様さからスキが分かり攻撃方法が構想しやすいのです。

二つ目の理由は、二本の竹刀は一本の攻撃に対して、防御がしやすいことです(イラスト6)

さらに三つ目は、一刀の側は二刀に較べれば攻撃・防御とも不利であり、その分、必要とな る正確な竹刀さばきや巧みな体さばきが強められると思われるからです。こうした2対1の竹刀での攻防によって、間合感覚やスキを分かりながら、一刀が踏み 込み足などにより、力強くスピーディーに打てるようになるのです。

(6)有効打突や禁止技や反則を感じ、ルールを共有する

剣道の得点、有効打突は、経験者でなくては判定できないといわれます。私たちは、基本的には初 心者自身が有効打突を分かったり判定できなければ、剣道を教えたことにならないのではと考えています。先生や剣道部員が判定したり評価するだけでは、初心 者は自分に基準がなく、剣道の喜びの半分しか感じていないのではないかと思うのです。

今の規則では、一本は「適法な姿勢」とか「充実した気勢」とか「正確確実な打突」などになって いて複雑な要素から成り立っています。また、それを評価する方法は、有効であったか無効であったかの二者択一の方法です。この複雑なものを初心者が二者択 一に判断することは難しいことではないでしょうか。そこで私たちは「3点の打ち」「1点の打ち」など、打突のでき不できに応じて基準を小分けにしたり、痛 い所への打ちはマイナス点にしたりして、打ちを評価しています。さらに、この方法によって、たとえ1点の打ちでも得点の喜びが味わえ、3点の打ちへの意欲 を湧かせたいのです。

防具を着けているとはいえ、竹刀で身体を打ち合うことは恐いことなのです。痛いところを打って しまう不安や打たれる不安があると、どうしても「遠慮がち」なことになるか、逆に乱暴なやり方になりがちです。そこで、ふつうの規則以上に初心者同士が安 心して練習できる「取り決め」が必要になります。例えば、防御しているところを連打することは反則とか、竹刀を力づくで叩いたり、振り回すことはペナル ティーとか……。初心者の意見や要望を聞くと、たくさんの行為が反則や禁止ではないかといわれます。

経験者は適当な強さによる打突、正確な技、的確なタイミング、その後の残心を作ります。それが 思うようにいかない初心者は、その不安の状態から、互いが気持ちよく、遠慮なく技を伸ばしていけるルールを初心者自身が考え共通理解することが必要なので す(ここに、互いに良いものを追求・想像していくという剣道の文化的特質があるのでは?)。

3.初心者の世界-これまでの指導の問題と新たな視点

私たちの剣道学校の指導の基礎には、それぞれが勤める中・高校や大学の授業があります。そこでは、剣道がやりたくて授業を受けている生徒だけでなく、しかたなくやっている生徒もいます。彼らが喜びながら真剣に剣道を学べるようにしたいものですね。

そのように改善するためには、初心者が何を悩んでいるのか、その世界を知る必要があります。また、その悩みや問題を 解決できる方法を初心者とともに指導者が探し出す必要があります。私たち経験者は、そのような悩みや問題を塔の昔にくぐり抜けてしまっているので、「な ぜ、この生徒はできないのだろう?繰り返すしか方法はない!」と思ってしまうことが多いのではないでしょうか。

私たちが見過ごしてきたことはいろいろあるようですが、打突部位の外に当たり痛みを相手に与えること、逆に自分が打たれること-その不安や悩みが根本にあるのではないかと思います。この視点には、これまでの指導が見直される多くのヒントがあるのではないでしょうか。

竹刀で痛打してしまうことは、例えれば、水泳が上手にできない人が呼吸ができなくて「水を飲みそうだ」という不安に陥ることに相 当すると思います。この打突の失敗に伴う痛みを解消するために、単に打ち方を反復し、繰り返し正確に打てるようにしようとしても解決にはならないのではな いでしょうか。その打ち方によって打とうとしても、相手はよけたり、逃げたり、動いてしまうので、結局は打てなくなるか、痛いところに当たってしまうから です。

ですから、相手が動くだろう先を予測し、読んで打つことを教えなければならないのです。再び水泳に例えると、泳ぐ動 作を教え、息継ぎはあとで自己流で覚えるということでは、水を飲んで苦痛を味わってしまうのと同じなのです。息継ぎと泳ぐ動作をワンセットで教える必要が あるように、剣道ではスキの予測と打つ動作をワンセットで教えることが大事だと思うのです。

また、スキの予 測を可能とするには、防御の側が適切な防御の動作や距離をとることが必要になります。防御が分からないとワイパー型(竹刀を左右に振るよけ方)とか、亀さ ん型(首をすくめ、腕など頭や胴部分を多い隠そうとする型)になりがちで(イラスト7)これでは攻撃もできないし、防御後の反撃もできません。ですから防 御のあとに反撃にいける適切な防御動作や距離の取り方をきちんと教えることも、攻撃側が防御側の動きを予測できるので、打ちはずしを少なくすることにつな がります。このように、攻撃と防御を一体のものとして教えていく必要があると思います。

ま た、先の「一方攻撃」のところで述べたように、一方が攻撃、他方が防御というように区分し、攻撃や防御そのものに充分に慣れることです。本来、剣道は「や るかやられるか」といった出ばなの技(カウンターの技)があり、攻防一体の攻める守るの意識で行なうものですが、技を習ったばかりの段階では、攻撃と防御 を区分した方が無理がないと思われます。

次に、あれこれの不充分な技をたくさん教えるよりも、いくつかの技の中から初心者が一つ二つ自信の持てる技を作ることが大事だと思われます。いわば、得意技を核にしてレパートリーを増やしていくことが、痛い打突というイヤなことを少なくすることになるのです。

さらにいえば、ふつう、スポーツの試合では技が上手でも下手でも(?)、試合はそれなり に楽しめますが、剣道はそうではないことが多いように思われます。その一つの理由には、審判がついた時、勝とうとするあまり力が入り、痛い打ちや暴力的な ものになりやすいことがあげられます。初心者にとって、試合は必ずしも楽しいものではないのです。試合の時期を考えることや、お仕着せのルールではなく、 自分たちのルールづくりが大事になります。

4 めざす指導者像

私たちは、このような考えを剣道学校のディスカッションや体育・スポーツ教育の研究会で学び、内容や方法を模索してきました。その工夫により、できない人が分かり、できた本人の喜びが私たち指導者の喜びとなり、さらに、新たに指導者も学べるという思いを痛感してきました。

私たちの指導者用の冊子の表紙に、フトした思いから「指導者は指導を楽しむこと」と書き ました。心底から楽しむにはまだまだですが、初心者の疑問や悩みがもっと鮮明に語られれば、そして、指導者同士が自由に自分の分からないところを語れるよ うになれば、もっともっと指導を楽しめると思うのです。


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