スキとは何か

頭で考えるレベルアップ作戦
一撃の美を求める「剣道学校」の指導法

スキとは何か(大塚忠義、坂上康博)
イラスト/輪島正裕

1.あるママさん剣士と素人教授からの質問

Q1「先生、打ち方はもういいです。どうすれば相手を打てるんですか?」

Q2「たとえば、あなたが面を打って出て、それがみごとに決まったとしますよね。その時あなたは、一体何を見て打って出たんですか?つまり、攻撃に打って出るときの判断材料は何ですか?」

みなさんならばこの二つの質問にどのように答えますか?Q1は、剣道を始めたばかりのママさん剣士の質問。Q2は、私たちが参加している体育の研究会で、剣道はまったくの素人の大学の先生から私たちに対して出された質問です。私たちは10年くらいこの質問の答えを考え続けてきました。私たちにとってこの二つは、どちらも一生涯忘れられないくらい重たい質問であり、それは「一生の宝」のように大事な質問なのです。なぜ宝かというと、この質問は、スキとは何か、何を材料にし、いつ、どこを、どのように打てば相手を打つことができるのか、という剣道技術の核心部分をもっとも鋭くついた質問だと思われるからです。

もし、こうした質問に全面的に答えられるようになれば、剣道の魅力をより多くの人にもっと分かりやすく伝えることができるようになるし、より効果的な練習法も開発できるようになるのではないでしょうか。そして、きっと私たち自身がもっと剣道が好きになることでしょう。

考えてみると、これまでの指導は、たいてい動作の正確さやスピードの習熟が中心で、スキや打突のチャンスなどは、地稽古や試合で「自得」するもの、とされてきたように思えます。つまり、生徒の側からすれば、動作は教えてもらえても、それをいつ、どのように使えばいいのか、といったもっとも大事なポイントはほとんど教えてもらえずにいたのではないでしょうか。

たしかに私たちは、「撃つべき六つの好機」(注-1)「三つの許さぬ所」(注-2)といった示唆に富む教えを知っています。しかし、そうした教えの中では、「好機」が生まれる仕組みや、「好機」をつくり出すための具体的な手だてなどについては、ほとんど説明されていません。

注-1 「第一、敵の実を避けて虚を撃つ可し。第二、起こり頭又は懸かり口を撃つべし。」「第三、狐疑心の動くを見ば撃つべし。第四、居つきたるを撃つべし。」「第五、急かせて撃つべし、第六、尽きたるを撃つべし。」(高野佐三郎『剣道』132ページ)

注-2 「敵の起こり頭、受け留めたる所、尽きたる所」(高野佐三郎『剣道』133ページ)

2.なぜ答えられないのか

ところで、こんなことはありませんか。練習や試合の中で相手の面や胴をしっかりと打ち込んでいるのに、「今どうやって打ったんですか?」と問われると「ウウッ」とたちまち返答に困ってしまう。「ぼくが教えてほしかったのは今の面ですよ。先生、どうやって打ったのですか?」といわれてもうまく説明できない。なんともはがゆい気持ちですね。できるのに答えられない。つまり、できるんだが、わかっていない。

なぜなのでしょうか?さしあたり、二つの理由が思い浮かびます。

ひとつは、『のびのび剣道学校』(窓社/電話番号省略)の本の中で述べたような、「動作の自動化」「動作の反射化」(58~59ページ)という上達のメカニズムそのものです。熟練すればするほど、ほとんど無意識的に、つまり、いちいち考えないで相手の動作をかわしたり、攻撃できるようになりますね。いちいち考えないで反応できるようになるわけですから、これは頭の中に記憶としては残らない、つまり自分の技術を解説できなくなってしまう。このような宿命的なしくみがどうもあるようです。

もうひとつは、先にも述べたように、スキや打突のチャンスについての指導をほとんど受けてこなかった、ということがあるように思います。それらを「自得」してきたけれども、他の人に説明できるような「知的な枠組み」(数学や物理の方程式や法則のようなもの)は頭の中に入っていない。こういうことではないでしょうか。

「頭で考えるレベルアップ作戦」というタイトルにも現れているように、私たちは、「できる」ということ以上に「わかる」という点が非常に大事だと考えています。たとえば、スキの生まれる仕組みをいくつかの「方程式」や「法則」として頭で理解できたなら、目標を明確にし、上達の見通しを持ちながら「納得ずく」で練習に打ち込めることができるのではないでしょうか。「わかる」ことによって初めて、より効果的な練習法を考え出したり、お互いに教え合いながらみんなでうまくなっていくことが可能となります。

剣道をよりよい文化遺産として後世に伝え、また、世界各国の人々に剣道を普及していくためには、「わかる」ということがどうしても必要だと思います。

では、スキについての私たちの考えを披露し、ご検討をお願いすることにしましょう。これは、冒頭に掲げた質問に対する私たちなりのせいいっぱいの解答です。どうか、みなさんの率直な御意見や批判をお寄せください。

3.スキの方程式を頭に入れるための試案~3つのスキ

スキとは「防御できない瞬間」である、ととらえることができると思います。相手に打ち込もうとする際、竹刀が動き始めてから狙った部位に届くまでの時間は、どうスピードアップしても0.3秒前後かかります。これに対して防御の動作にかかる時間は、およそその半分です。動作の時間からすると、防御の方が圧倒的に有利なのです。こういう状態の中で相手から1本を奪うためには、相手がどうしても「防御できない瞬間」を狙って打たなければなりません。

では、相手が「防御できない瞬間=スキ」とは、どのようなものなのでしょうか。これを私たちなりに整理してみると、とりあえず、表-1のように分類できるように思います。

少し詳しく見ていきましょう。

(1)スキA 防御が遅れた瞬間

たとえば、面や小手の「単発技が決まった瞬間」を考えてみましょう。先に述べたように、動作の時間だけみるとたしかに防御の方は圧倒的に有利ですね。しかし、実際には、構えからそのまま跳び込んで打った小手や一歩間合いをつめて打ち込んだ面も鮮やかに決まります。なぜでしょうか。ポイントは二つあるように思います。

A-1「相手の攻撃を分別できない瞬間」

ポイントの第1は、防御する側の「反応時間」です。つまり、防御の動作を開始するためには、その前に、相手の攻撃を察知して、「ヨシ、これは面にくるな!これは小手だな!」と判断しなければなりません。つまり、≪いつ≫≪どこ≫を打ってくるのかの分別です。この分別に要する時間を「反応時間」といいますが、これが長くなると、防御の方が間に合わず相手に打たれてしまいます。相手が≪いつ≫≪どこ≫を打ってくるのか分別できず、「反応時間」が長くなってしまった瞬間にスキが生まれたわけです。(図-1)

これは、心理的に生じるスキです。先入観や思いこみによって自分から「判断ミス」を起こしたり、集中力を欠いてボーッとしている瞬間もこのスキに含まれます。

したがって、攻撃する側からいうと、相手に≪いつ≫≪どこ≫を攻撃しようとしているのかを察知されないようにすること、従来の剣道の用語でいうと「色を見せない」「起こりがわからないようにする」ということ、相手が集中力を欠いている瞬間を的確に見抜くことなどが重要となります。

A-2「近距離まで接近された瞬間」

第2のポイントは、距離です。「一足一刀の間合」だと防御の方が有利なのですが、非常に近い距離-極端な話、たとえば面や小手の10~20センチ手前まで近づいた場合では、この関係が逆転して、防御よりも攻撃の方が速くなります(図-2)。この逆転現象が生まれる間合がどのあたりかは、ぜひ実験して確かめてみてください。これはほとんど物理的に生ずるスキといってよいでしょう。

このような二つのポイントから見てみると、たとえば、高段者がよく使う「構えを変えずにそのままグーッと一歩間合をつめて面!」というのは、こうしたスキの性質をみごとに利用した攻撃だということがわかると思います。つまり、相手に≪いつ≫≪どこ≫を打ってくるのかを察知されないようにしながら、近距離に近付いて「防御が間に合わない瞬間」を作り出しているわけです(この時さらに、スキB-2で述べるような時間差攻撃を使っている場合も多くあります)。一見ただの単発的な基本打ちのように見えますが、そこにはこうした仕組みがあると考えられます。

A-3「竹刀の自由が奪われてしまった瞬間」

相手に竹刀を押さえられたり、竹刀を巻き落とされたりした場合は、これはもう、よけたくてもよけられません。物理的に防御が不可能なのです。「払い技」や「巻き落とし技」が、このスキを打つ典型的な方法です。

(2)スキB 防御をまちがえた瞬間

このスキも、さらに次の二つに分けてとらえることができると思います。

B-1「ある部位をよけた瞬間」

面、小手、胴、喉という打突部位は、それぞれが上下、左右、前後の位置にあります。ですから、どこかひとつの部位を竹刀でよけると、必ず他のどこかの部位が空いてしまいます。こういう位置関係にあるのです。(図-3)は、もっともよく使われる面のよけ方ですが、この場合だと上から、右面、突き、小手、右胴、左胴、の計5カ所の部位ががら空きになります。小手と胴をよけた場合は、面と突きが空きます(図-4、5)。

このスキを作り出す典型的な方法は、フェイント攻撃です。面のフェイントを例にとると、面を打っていくモーションを相手にみせ、「面にくる!」と思わせ、面のよけをわざと引き出しておいて、それによってあいた右面、突き、小手、右胴、左胴、の5カ所のどこかを打つのです。フェイントによって、打突部位の≪どこ≫を打つかについてのまちがった情報を相手に送り、防御をまちがわせるわけです。

フェイント攻撃の練習法については、次回詳しく紹介する予定です。

B-2「ある部位のよけをやめようとした瞬間」

たとえば、「今面にくる!」と思って面をよけたが、打ってこない。「おや、こないのか」とよけるのをやめ構えに戻ろうとした瞬間にできるスキです。「よけの終了時に生まれるスキ」といってもいいでしょう。

このスキを作り出す典型的な方法は、時間差攻撃です。≪いつ≫打つかについてのまちがった情報を相手に送り、防御をわざと引き出しておいて、それが終了する時を狙って打ち込むというものです。

もちろん、この二つを連続的に組み合わせた攻撃もあります。

いずれにしても、≪どこ≫や≪いつ≫についてのまちがった情報を相手に与えることによって生まれるこれらのスキは、見ていてわかりやすいスキですね。

(3)スキC 防御への切り換えが困難な瞬間

このスキは、さらに三つに分けてとらえた方がわかりやすいと思います。

C-1「攻撃に出ようとした瞬間」

自分が攻撃に出ようとした瞬間から、攻撃の方に心も体も向かっているので、これを防御に切り換えることは非常に困難です。「しまった!」と思ってもキャンセルできないのです(注-3)。

このスキを打つ典型的な方法が、出小手、出ばな面、抜き胴などの「出ばな技」や「抜き技」です(図-6)。

注-3 「起こり頭といふは、既に敵の精神が面ならば面、籠手ならば籠手或一目的に向ひ、手足も亦之を打たんとする際なれば、精神及び手足の働を急遽に変換する能わず」(高野佐三郎「剣道」89ページ)

C-2「攻撃中~攻撃が終わった瞬間」

攻撃に出てから攻撃が終わった直後までは、「攻撃に出ようとした瞬間」と同様に、防御に切り換えることが非常に困難です。

ですから、相手の攻撃をかわした直後に素早く反撃すれば、このスキを打つことができます。面返し胴、小手すりあげ面、胴打ち落とし面などの「返し技」「すりあげ技」「打ち落とし技」が、このスキを打つ典型的な方法です(図-7)。

右(当サイトでは上)の二つのスキは、心理学でいうところの「心理的不応期」に該当すると思います。手短に説明しましょう。一般的に、短い間隔(ある実験では0.5秒以内)で異なった刺激が出された場合には、あとで出された刺激に対する反応時期が通常よりずっと長くなり、動作が遅れてしまいます。これを「心理的不応期」と呼んでいるのですが、これは人間が処理できる容量を越えているために起こる現象だと考えられています(注-4)。

たとえば、相手が抜き胴にくるのを見て「しまった!罠だった!」と思っても、よけるという第二の動作がすぐにはできない理由はこのような人間の心理のしくみによってうまく説明することができます。

右(当サイトでは上)の二つのスキを打つ方法は、「応じ技」と呼ばれているものであり、また、「先々の先」「後の先」(注-5)という言葉でも説明されていますね。これをみごとに成功させるためには、相手を面や小手に「誘い出す」ということが決定的に重要です。この点については、次々回詳しく述べたいと思います。

注-4 「心理的不応期」については、調枝孝治『タイミングの心理』(不昧堂出版・1972年)186~197ページ参照。

注-5 「先又は先前の先といふは、隙を認めて敵より撃ち込み来るを、敵の先が功を奏せざる前に早く先を取りて勝を制するをいふ。詳しくいへば、摺り上げて撃つか、応じ返しに撃つか、撃込み来る太刀を、体をかはし引き外づして瞬間に我より撃つなり。敵よりも懸り。相対抗して勝つより対の先ともいふ」「後の先又は先後の先といふは、隙を認めて敵より撃込み来たるを、打落とし太刀を凌ぎて後に敵の気勢の痿ゆる所を見かけ、強く撃込みて勝つをいふ。よりて之を待ち先と称す」(高野佐三郎『剣道』162ページ)