おひさしです。
明日(あ、今日や)
から、D51で合宿しまーす。
新ルールの事、やるそうです。 夜は鴨鍋でうきゃうきゃします。
うきゃうきゃ☆ どうでしたか?
新ルールの事や色々ためになりそうな事、また話してくださいね。 来週、東京でもうきゃうきゃ☆するんだよねーウッシッシ・・・ |
バセドウ病で一番大変だった時期とのび剣が重なっていたのですが、その後、生真面目に薬を服用している所為か、稽古(内容?時間?)を元に戻しつつあります。
まだ医師から「運動禁止」令が解除されたわけではありませんが、言うことを聞くつもりはないもんですから。 人間、どのように生きるかはヒトそれぞれです。剣道の取り組み方もヒトそれぞれです。 剣道は稽古しただけ技量的にはアップするのは当然というところがある。ただ、大塚氏は、馬車馬の如くのやみくもな稽古を否定されていましたが、浅見は「それでもいいから先ずはやってみよう」というのが自分のスタイル。 合理的とか、ムダを省いてとか、年齢に応じてとか色々な考え方があるようです。浅見はそうした考え方よりは、無茶苦茶な稽古が大好き・・・天国から大塚氏がしかめっ面しているようです。 どんな方法であろうと、技量のアップについては、他者と比べなければいいだけのこと。昨日の自分より今日の自分。そして今日の自分より明日の自分に期待して稽古していくものと思っています。 稽古して技量が上がったとして、それが何になる?という疑念を抱える方もいますが、浅見の場合は、「ご自分で考えてください。私に振ってこないでね」ですね。こと稽古に関しては、我が道を行くです。好きなようにやりますよ。 生きるということでは、他の人の目を気にして生きるなんてツマラン。 雑誌を見ると、浅見の肩が上がっている。これを下げて打てなくてはダメだね。
以前、のび剣に参加したときに一番びっくりしたのは、浅見先生でした。専門家という人の剣道というのは、こんなにも違うのかとびっくりしました。剣先だけで圧倒され、中心がどうしてもとれない。力が入っているわけでもないのに・・・・・。そのときは、先生の前にひざまづいて、「先生、剣道教えてください」と言いたいくらいでした。
その後、先生が、病気を抱えて、八段戦に参加されたことなど聞き、心配していました。ところが、大塚先生の方が、先にこんなことになり、二度びっくりしています。 大塚先生は、どんな病気だったのでしょう。以前お会いしたときは元気でしたので、不思議です。 浅見先生も体に気をつけていただいて、次回ののび剣で剣道を教えてくださいね。それでは。 |
僕が30才後半の時、父は79才で死んだ。
葬儀は郷里の大分県別府市で行なわれた。 お経をあげに海門寺の住職とその息子が来た。息子は僕の兄と同級生、住職は花柳流日舞で僕とは兄弟弟子、古い付き合い。お経が始まり数分後から涙がポロポロ、何故か声を出して泣き出した。 止まらない。 先頭に座っていた長男が振り返る、僕の3人の子供も取り乱した僕を見る、でも父や家族との思い出が頭を駆け巡り声は小さくなったものの最後まで涙は止まらなかった。 1分過ぎても過去は過去、死んだ父は戻って来ません。 父の死の悲しみは僕が死ぬまで消えないのだるう。 何時悲しみが消えるか? 人の死の悲しみはそれを感じている本人が死ぬまで消えない。どの様に消化するかは個人個人です。 東京で、大阪で、神戸で稽古会か忘年会でもやりませんか? 大塚先生は僕らが早く歩み出す事を願っているかも?! 僕はこの2〜3年の先生とのメール交換で「如何生きるか?」「何をなすか?」を深く考えさせられ、今後への 大きな贈り物をもらった気がする。イワゴン先生の掲示板 からも大きな刺激を受ける。 さあ、前に進もう、のび剣の仲間達よ。 |
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