第23回 のびのび剣道学校(2001.09.22-09.24)ご報告

今回の剣道学校の参加者は39名。そのうち、3分の1が初参加という大変嬉しい参加状況となりました。緊張感の中にもフレッシュな印象を受ける学校となりました。また、浅見裕先生も参加され、皆と等しく話し合い、剣を交えてくださいました。

●実技コースは4つ。
1.初級班(坂上康博)
2.中級班(加藤明)
3.上級班・防御カサの理論(浅見裕)
4.指導法(伊藤勝夫)
*それぞれ( )内の者中心に皆で議論、思考しました。

●記念講演は鈴木眞哉氏の「刀と首刈り」。
日本刀の武器としての特異性などを語っていただき、大変興味深く耳を傾けることが出来ました。

そして議論は3組に分かれて。
1.先の鈴木氏の講演を受けて(坂上)。10名参加。
2.8段への道(浅見)。小冊子などを使いながら。20名参加。
3.剣道界あれこれ。フリーディスカッション(加藤)。5名。
*こちらも( )内の者中心に話し合われた。

●特筆点
・柳川の女性が「剣道形と剣道技術の違い」について疑問を感じていたこと。
・中1生で、剣道日本を見て名古屋から一人参加。勝てない、部活についてなどポツリポツリと胸の内を明かしてくれたこと。
・道場経営をされていて、今回『剣道の思想』をお読みになって参加してくださった福島相馬市の方。
もちろん全ての方が深い想いを持って参加してくださったのではあるが、特に気にとまった。

●今後の課題などとして。
1.来たとき、帰るとき「何が分かり、できるようになったのか」カルテのような診断票が必要ではないか。
2.もはや世界的に常識となったオープンスクール形式をとるべきではないか。すなわち、中・上といったレベルで分けるのではなく、課題内容でグループを分けるべきでは。そして、各自が持ち帰って実践する構図を。
3.宿泊施設としていた「サウスアタミ」がなくなってしまうので、そこに代わる施設を。すでに物色済み。
4.以前刊行した「風の巻」を指導法マニュアル化。
5.今回撮影した剣道学校風景をHPへアップロード。


第23回 のびのび剣道学校(2001.09.22-09.24) 報告

今回の剣道学校の参加者は39名。そのうち、3分の1が初参加という大変嬉しい参加状況となりました。緊張感の中にもフレッシュな印象を受ける学校となりました。また、浅見裕先生も参加され、皆と等しく話し合い、剣を交えてくださいました。

●実技コースは4つ。
1.初級班(坂上康博)
2.中級班(加藤明)
3.上級班・防御カサの理論(浅見裕)
4.指導法(伊藤勝夫)
*それぞれ( )内の者中心に皆で議論、思考しました。

●記念講演は鈴木眞哉氏の「刀と首刈り」。
日本刀の武器としての特異性などを語っていただき、大変興味深く耳を傾けることが出来ました。

そして議論は3組に分かれて。
1.先の鈴木氏の講演を受けて(坂上)。10名参加。
2.8段への道(浅見)。小冊子などを使いながら。20名参加。
3.剣道界あれこれ。フリーディスカッション(加藤)。5名。
*こちらも( )内の者中心に話し合われた。

●特筆点
・柳川の女性が「剣道形と剣道技術の違い」について疑問を感じていたこと。
・中1生で、剣道日本を見て名古屋から一人参加。勝てない、部活についてなどポツリポツリと胸の内を明かしてくれたこと。
・道場経営をされていて、今回『剣道の思想』をお読みになって参加してくださった福島相馬市の方。
もちろん全ての方が深い想いを持って参加してくださったのではあるが、特に気にとまった。

●今後の課題などとして。
1.来たとき、帰るとき「何が分かり、できるようになったのか」カルテのような診断票が必要ではないか。
2.もはや世界的に常識となったオープンスクール形式をとるべきではないか。すなわち、中・上といったレベルで分けるのではなく、課題内容でグループを分けるべきでは。そして、各自が持ち帰って実践する構図を。
3.宿泊施設としていた「サウスアタミ」がなくなってしまうので、そこに代わる施設を。すでに物色済み。
4.以前刊行した「風の巻」を指導法マニュアル化。
5.今回撮影した剣道学校風景をHPへアップロード。


第23回 のびのび剣道学校(2001.09.22-09.24)ご案内

●第23回全国のびのび剣道学校●
~年に一度、剣道が大好きな仲間が全国各地から集まります!~

■のびのび剣道学校は、1979年に開催されてから、今年で23回目を迎え、これまでのべ、1059名の方が参加されました。
■のびのび剣道学校は、「伝達講習会」ではなく、参加者が各自の意見や疑問、悩みなどを気軽に出し合いながら、新しい練習や試合のやり方を創り出していく、そんな“再発見する場”となりたいと思っています。
■会場を南熱海に移して5年目となりました。交通の便がよく、海の幸、温泉、観光名所にも恵まれています。太平洋を眺めながら、のびのびと剣道を楽しみましょう。
■剣道を始めたばかりの方、これから始めようとしている方、長らく剣道を休んでいた方、女性や外国から来られた方・・・どなたもご心配なく、どうぞ、お誘いあってお出かけください。

~剣道学校の内容紹介~
◆記念講演:鈴木眞哉「日本刀はどのように使われてきたのか?」
23日(日) 16:30~18:00

◆ 実技:剣道学校が開発してきた「スキがわかり、スキをつくり出す練習法」を中心としながら、参加者のみなさんの要望(申込書にご記入ください)にもとづい て、①初級班②中上級班③指導法研究班に分かれて練習を行います。また、各地域からの練習法や工夫の紹介、全体での地稽古なども行います。

◆講座:班別座談会 23日(日)18:00~19:30
班ごとに分かれて、剣道のあり方や技能向上などについて話し合います。取り上げてほしい討論テーマを申込書にご記入ください。

~参加費・申込み等のご案内~
○参加費・・・ 一般24,000円 大学生20,000円 高校生18,000円
中学生以下16,000円(2泊6食・交流会・資料代等を含む)

○申込み・・・ 氏名・住所・到着予定時刻など、連絡先。
申込金5千円を郵便振替口座でご送金ください。
※郵便振込 口座番号 02270-3-95159
口座名称 のびのび剣道学校
※締め切り 9/13必着 定員48名になり次第締め切り

○日程・・・ 2001年9月22日(土)~24日(月) 2泊3日
○集合・・・ 9月22日(土)
○宿泊・・・ 民宿温泉旅館「サウスアタミ」
〒413-0102 熱海市下多賀773-2
℡ 0557-68-2539

○実技会場・・・ 「南熱海マリンホール」
〒413-0102 熱海市下多賀541-12 TEL:0557-68-4778

○主催・申し込み・・・ 全国のびのび剣道学校実行委員会
〒960-1296 福島市金谷川1
福島大学行政社会学部 坂上康博研究室気付
TEL・FAX 024-548-8279
E-mail sakaue@ads.fukusima-u.ac.jp


第23回 のびのび剣道学校(2001.09.22-09.24) ご案内

<案内内容>

●第23回全国のびのび剣道学校●
~年に一度、剣道が大好きな仲間が全国各地から集まります!~

■のびのび剣道学校は、1979年に開催されてから、今年で23回目を迎え、これまでのべ、1059名の方が参加されました。
■のびのび剣道学校は、「伝達講習会」ではなく、参加者が各自の意見や疑問、悩みなどを気軽に出し合いながら、新しい練習や試合のやり方を創り出していく、そんな“再発見する場”となりたいと思っています。
■会場を南熱海に移して5年目となりました。交通の便がよく、海の幸、温泉、観光名所にも恵まれています。太平洋を眺めながら、のびのびと剣道を楽しみましょう。
■剣道を始めたばかりの方、これから始めようとしている方、長らく剣道を休んでいた方、女性や外国から来られた方・・・どなたもご心配なく、どうぞ、お誘いあってお出かけください。

~剣道学校の内容紹介~
◆記念講演:鈴木眞哉「日本刀はどのように使われてきたのか?」
23日(日) 16:30~18:00

◆実技:剣道学校が開発してきた「スキがわかり、スキをつくり出す練習法」を中心としながら、参加者のみなさんの要望(申込書にご記入ください)にもとづいて、①初級班②中上級班③指導法研究班に分かれて練習を行います。また、各地域からの練習法や工夫の紹介、全体での地稽古なども行います。

◆講座:班別座談会 23日(日)18:00~19:30
班ごとに分かれて、剣道のあり方や技能向上などについて話し合います。取り上げてほしい討論テーマを申込書にご記入ください。

~参加費・申込み等のご案内~
○参加費・・・ 一般24,000円 大学生20,000円 高校生18,000円
中学生以下16,000円(2泊6食・交流会・資料代等を含む)

○申込み・・・ 氏名・住所・到着予定時刻など、連絡先。
申込金5千円を郵便振替口座でご送金ください。
※郵便振込 口座番号 02270-3-95159
口座名称 のびのび剣道学校
※締め切り 9/13必着 定員48名になり次第締め切り

○日程・・・ 2001年9月22日(土)~24日(月) 2泊3日
○集合・・・ 9月22日(土)
○宿泊・・・ 民宿温泉旅館「サウスアタミ」
〒413-0102 熱海市下多賀773-2
℡ 0557-68-2539

○実技会場・・・ 「南熱海マリンホール」
〒413-0102 熱海市下多賀541-12 TEL:0557-68-4778

○主催・申し込み・・・ 全国のびのび剣道学校実行委員会
〒960-1296 福島市金谷川1
福島大学行政社会学部 坂上康博研究室気付
TEL・FAX 024-548-8279
E-mail sakaue@ads.fukusima-u.ac.jp


第1回 のびのび剣道学校関西版(2001/02/10-2001/02/12)ご報告

今回の剣道学校の参加者は39名。そのうち、3分の1が初参加という大変嬉しい参加状況となりました。緊張感の中にもフレッシュな印象を受ける学校となりました。また、浅見裕先生も参加され、皆と等しく話し合い、剣を交えてくださいました。

●実技コースは4つ。
1.初級班(坂上康博)
2.中級班(加藤明)
3.上級班・防御カサの理論(浅見裕)
4.指導法(伊藤勝夫)
*それぞれ( )内の者中心に皆で議論、思考しました。

●記念講演は鈴木眞哉氏の「刀と首刈り」。
日本刀の武器としての特異性などを語っていただき、大変興味深く耳を傾けることが出来ました。

そして議論は3組に分かれて。
1.先の鈴木氏の講演を受けて(坂上)。10名参加。
2.8段への道(浅見)。小冊子などを使いながら。20名参加。
3.剣道界あれこれ。フリーディスカッション(加藤)。5名。
*こちらも( )内の者中心に話し合われた。

●特筆点
・柳川の女性が「剣道形と剣道技術の違い」について疑問を感じていたこと。
・中1生で、剣道日本を見て名古屋から一人参加。勝てない、部活についてなどポツリポツリと胸の内を明かしてくれたこと。
・道場経営をされていて、今回『剣道の思想』をお読みになって参加してくださった福島相馬市の方。
もちろん全ての方が深い想いを持って参加してくださったのではあるが、特に気にとまった。

●今後の課題などとして。
1.来たとき、帰るとき「何が分かり、できるようになったのか」カルテのような診断票が必要ではないか。
2.もはや世界的に常識となったオープンスクール形式をとるべきではないか。すなわち、中・上といったレベルで分けるのではなく、課題内容でグループを分けるべきでは。そして、各自が持ち帰って実践する構図を。
3.宿泊施設としていた「サウスアタミ」がなくなってしまうので、そこに代わる施設を。すでに物色済み。
4.以前刊行した「風の巻」を指導法マニュアル化。
5.今回撮影した剣道学校風景をHPへアップロード。


第1回 のびのび剣道学校関西版(2001/02/10-2001/02/12)ご案内

全国のびのび剣道学校は、1979年に開催されてから、昨年で22回目を迎え、これまでのべ1,059名の方が参加されました。そして、今回はじめて「関西版」として開催されました。

日 程: 2001年2月10日(土)、11日(日)、12日(月) 2泊3日
開校式開始:2月10日(土)午後3時
宿 泊・実技会場:「兵庫県立総合体育館」
〒663-8142 兵庫県西宮市鳴尾浜1-16-8
主 催: 全国のびのび剣道学校実行委員会
〒960-1296 福島市金谷川1 福島大学行政社会学部坂上康博研究室気付

● 記念講演:須佐徹太郎「スムーズでキレがある動作はなぜ可能か―トレーニング理論最前線 その2―」
2月11日(日)18:30~20:30
須佐徹太郎先生のプロフィール: 阪南大学教授。サッカー部監督。 1955年、福岡県生まれ。「初動負荷理論」と呼ばれる最新のトレーニング理論を積極的に導入し、同校サッカー部を強豪に育てあげた。みなさんからの強い要望に応え、再度ご登場いただいた。

● ミーティングⅠ~Ⅱ
剣道学校の指導法等についての座学。『のびのび剣道学校風の巻』をご持参ください。

● 実技Ⅰ~Ⅲ
「スキがわかり、スキをつくり出す練習法」を中心テーマとしながら、参加者のみなさんの要望にもとづいて、いくつかのグループに分かれて練習を行なっていきます。全体での練習や地稽古、練習法の紹介なども行ないます。
*今回は上段の構えやそれとの攻防を一つのテーマにしています。

<日程>
10日(土) ミーティングⅠ 夕食 ミーティングⅡ
11日(日) 朝食 実技Ⅰ 昼食 実技Ⅱ 夕食 記念講演
12日(月) 朝食 実技Ⅲ 昼食・解散

<交通>
● 車でお越しの場合
国道43号線「鳴尾」交差点を南へ約3km直進、駐車場(220台収容)
● JRでお越しの場合
阪神電鉄「甲子園」駅より、阪神バス「鳴尾浜」行き(7番のりば)を利用、「県立総合体育館前」下車。所要時間約15分。

hyougo_map

<その他>
● 費用:参加費、宿泊費(2泊6食)、交流会費をふくめ、全日程参加の場合は合計15,000円程度。
● パジャマ、タオル、歯ブラシ等は、各自ご用意ください。
● まさに寒中、防寒にどうぞご注意ください。稽古着の下に着る防寒シャツやタイツ、レッグウォーマー、カイロ等も遠慮せずにお使いください。
● 竹刀・防具は、宅急便で「兵庫県立総合体育館」の方に送付することも可能ですが(その際「のびのび剣道学校宛て」と明記してください)、保管場所の関係で10個くらいが限界とのことでした。できるだけ、ご持参いただけますようお願いいたします。


予測能力を磨く「いなづま型攻撃」

予測能力を磨く「いなづま型攻撃」(大塚忠義)

はじめに

剣道というのは自分と相手がいて、その相手を打つことを目標とするわけですが、相手も人間ですからこちらが打とうと思えば当然それをよけようとします。

竹刀が動き始めてから打突部位に到達するまでには0.3秒から0.4秒ぐらいの時間がかかるのに対して、それを防御するのには0.2秒ほどしかかからないというデータがあります。防御に要する時間は攻撃にかかる時間の半分ぐらいなのです。そこを打たなければならないわけですから、単純に技を出しても打突部位をとらえることはできません。

打つためには相手がよけきれない距離に進んで時間差をなくしてしまったり、あるいはある部位をよけさせることによって別な部位をあけさせたりしなければならない。これをスキというわけです。打てる空間-心理学の言葉で不応期といいますが-をつくらなければいけないのです。そのための一つの考え方として示したのが「いなづま型攻撃」です。右の図(当サイトでは下図)にあるように、自分が何かしらの作用を相手にすると、それに対して相手がよけるなり攻撃するなりの反応をします。

(1)こう作用すれば(2)こういう反応が出るだろうということを見通して-これがスキの予測とか読みということですね-(3)攻撃をする。この三段階はこのような形の図に表わせるので「いなづま」と名付けたわけです。

稽古や試合の実際の場面では、当然相手のほうも、同じように自分がこうすれば相手がこうするだろうと読みをめぐらしており、互いに読み合ってダイナミックな活動をしているわけですね。

読み合う内容は三つほどあります。5W1Hという言葉がありますが、誰が(Why)となぜ(Why)ということはともかく、残りの三つ、「いつ(When)」、「どこで(Where)」、「なにを(What)」の3Wは読み合っている。つまり、「いつ」打てばいいか、「どこで」つまりどの距離、間合で打てばいいのか、「なにを」つまりコテにいくのかメンにいくのか、ということですね。時間と距離と部位というふうなことを読み合って、「今、この間合まで詰めたら面に出てくるだろうから出小手にいこう」というように判断しているわけです。

されに1Hの「いかに(how)」というのは、竹刀先がどういう軌跡を動いて行くか。ストレートに打っていくか、連続技でいくか、あるいは防御からすり上げていくというような、身体の動きということで、これも意識しています。3W1Hぐらいをつねに人間は意識しながら打ち合いをしているのです。

これが生きている人間同士が行っている1対1という関係の剣道の技術なのです。従来、それを練習する上ではほとんどが1対0という関係でしてきました。つまり一方は面なら面を決まった距離で打っていき、相手は打たせてくれるという関係での練習です。しかし実際は1対1の関係で、そのやりとりはこのようないなづまの性質を持っている。それを習得するために、いくつかのパターンを取り出したわけです。

図の斜めの矢印、つまり相手の反応によってスキが生じるわけですが、そのスキ、不応期は大きく三種類に分けることができると思います。従来の理論では先先の先、先の先、後の先というように区別しますが、少し分かりにくいのです。

次に示す分類はある中学校の生徒たちの意見によるものですが、初心者、子供たちというのは案外本質をつかまえるものです。

(1)よけスキ

ある部位をよけたことによってできるスキ。相手が面を打ってきたので、打たれないために手元を上げて竹刀でよけたので胴にスキができたというような場合。

(2)ぼけスキ

反応が完全に遅れてしまって、対応できない時間差に生じるスキ。たとえば、ある間合まで攻め込まれたとき、面にくるのか小手にくるのか「どっちだ」と迷った瞬間に打たれてしまうような場合。あるいは竹刀を払われて、竹刀での防御が間に合わなかったというような場合。

(3)攻めスキ

攻めかかっている最初の段階、あるいは攻撃中にできたスキ。こちらが攻めようとして出た瞬間、振りかぶった瞬間に小手をとらえられた、あるいは面に出たときに胴があいたので抜き胴を打たれたというような場合。

以上のようなスキがどのような自分の作用、相手の反応によって生じるのか、そこをどうとらえるのか、「いなづま型」に則って実際の例を挙げてみましょう。

1 入ると単純に移動するパターン

Aが打ち間に入る。ここで打ち間というのは中結同士が交わるあたり、出れば一足で打てる間である。それに対してBが出る(あるいはその場にとどまる)か下がるかするのに応じて、Aが打っていくというパターン。右列の連続写真はAが打ち間に入ったが、Bがその場に無防備にとどまるので、Aがそのまま面を打つというもの。小手があいていればそこにある小手を打つこともできる。これは無反応の状態、つまり典型的な「ぼけスキ」の状態である。

左列の連続写真は、Aが打ち間に入ると、Bはそのままでは打たれてしまうのでいけないと思って下がる。Aはその下がるところを面→面と二打でとらえるというもの。

実際の稽古や試合では、何度か打ち間に浅く入ったり深く入ってみて、「Bさんは僕が出るとその場でじっとしている」と判断したらAは右のように打っていくし、入れば下がるということがわかれば左のように打つ。AがそのようにBの反応を予測して打つのである。これは主として距離(「どこ」)を意識し、ぼけスキをとらえるパターンだ。

写真の向かって右の人物がA、左の人物がB。

写真に合わせるため「いなづま」の向きが27ページ(当サイトでは最上図)とは逆の方向になっています。

以下同様。

2 入ると竹刀で押さえにくるパターンでの指導の問題と新たな視点

Aが打って行くとBが剣先で押さえにかかってくるパターン。まず、右列の連続写真のように表から押さえにかかってくる場合、Aは下から回すようにして面を打っていく。あるいは小手を打つことも可能である。面の場合の竹刀さばきは、手首を返すようにして回し込んでいく方法もある。

左列の連続写真はBが裏から竹刀を押さえに来た場合で、この場合は小手は相手の竹刀にさえぎられるので打てるのは面のみである。

Bの対応は一種の防御であり「よけスキ」をとらえるものといえよう。このときBは竹刀で反応してくるのだが、前に出ながら、あるいは下がりながら押さえてくる場合もある。そうすると、Aは、Bの竹刀がどちらからくるかという方向と、距離の両方をとらえながら対しなければならない。

実戦面での注意事項としては、竹刀の動きをとくに気にする人に有効であり、技を決めるためには手の内を柔らかくしておかなければならない。

3 入ると打ちにくるパターン

わずかに小手をみせて相手を小手に誘う(2コマ目)。

すり上げて面に行く

Aが打ち間に入ろうとすると、Bは出小手をとりにくる。それまでのやりとりの中でAはそれを読んでおり、Aとしては小手にこさせるのである。右列の連続写真ではそこをすりあげ面にしとめている。ここでは小手抜き面にいってもよい。

左列(当サイトでは下列)の連続写真はAが打ち間に入ろうとするとBが面に出てくるような体勢であるので、面にこさせてすりあげ面にしとめている。ほかに返し胴や抜き胴、あるいは出小手でとらえるパターンも考えられる。

攻めスキをとらえる打ち方である。もちろん「どこ」という要素もあるが、主に「なに」ということ、つまり小手に出てくるか、面に出てくるか、ということを読むのである。

Bに小手を打たせるために、Aが剣先を下ろして裏に持っていき、小手を見せると効果的である(中列-当サイトでは上の左列-の写真)。これが「誘い」であり、面の場合は剣先を開く。しかし、これらの場合、見せすぎたら相手は乗ってこないし、入りすぎると動作が遅れて打たれる。ぎりぎりのところで応じなければならない。そのあたりの「どこ」の読みも訓練する必要がある。

4 打つとよけるパターン

初心者の段階で効果的なパターンである、「よけスキ」を利用するものだ。Aがメンを打つふりをして大きく振りかぶる、いわゆるフェイントを見せて、あるいは実際に面を打っていき、Bが頭をかばうので、そこでAはあいた胴を打つ(右の連続写真)。このように面の防御を引き出した場合、あるいは裏の面にいくこともできる。

中列(当サイトでは左列)の連続写真のように小手を打つと見せる場合は、小手をしっかりよけさせて、まわして面を打っていく。

面の場合の第一打は振りかぶって止めるフェイントではなく実際に打ってもいいが、打つ場合でもこの打ちは「虚」であって実打ではない。実打で打ち切ってしまうと、筋肉の緊張が出てしまって次の動作につながりにくい。虚で打ち実でとるというもので、第一打と第二打の打ちの軽重は違う。

ここでのポイントは急ぎすぎないことである。面→胴に行こうと決めておいて、自分のリズムでパッパッと打っても相手が面だと思ってくれないとスキはできない。

このフェイントという技術は、見破られてその虚の出ばなをストレートの狙われると弱い。たとえば面に打つと見せるフェイントはそこを出小手にとられやすい。だから技術が上がっていけば、大きなフェイントは通用しなくなり淘汰されて、もっと小さな動きになり上達していくのだ。

これはつばぜり合いの場合でも同じことが成り立つ。竹刀を振り上げて面だと思わせひき胴を決める。逆に胴を打つフェイントで面を打つということができる。間合が近くても原理は同じなのである(左列-当サイトでは下-の写真)。

つばぜり合いからのひき面のフェイントを入れて、あいた胴を打つ

5 打つと反撃してくるパターン

Aは、Bは面に対する返し胴がうまい、ということが分かっている。あるいは感じている。それを出させてしまえという考え方である。面に打てばBは返し胴にくるということを読み込むのだ。[3]の「入ると打ちにくるパターン」では、Aは間をつめてBの打突を引き出したのだが、今度はAは打つことでBの反撃の打突を引き出すのである。そして[3]は、ある地点に出ると(「どこ」)、ある部位に打ってくる(「なに」)ことを読んだ。ここ[5]ではある部位(「なに」)を打つとある部位(「なに」)にくる、と読むのである。Aが一手、対してBが二手目、そしてAが三手目でとらえる「三手の読み」である。

右の連続写真はAが面に打っていくとBが返し胴にくるので、Aはそれを打ち落として面にいった例である。左は、Aが打っていった小手をBがすりあげて小手にくるので、Aはそれをさらにすりあげて面にいく。もし、Bがすりあげて面にくるなら、Aはそれを返して胴というようにいく通りものパターンが考えられる。

「なに」と「どこ」と「いつ」という要素が全て入った、メリハリのある攻防で、踏み込み足と軸足の素早い切り換えが重要である。こういう場面は実際にはあまり見られないのだが、総合的な動きの訓練として非常に内容のつまったパターンといえる。

6 その他の構えや位置関係を変化させるパターン

ここにあげた他にもさまざまな攻防のパターンが「いなづま」によって説明できるが、最後に二つ例をあげておく。

ここでいうカスミの構えとは、面、小手、右胴を一度に隠すもので、批判の的になることもある構えである。Aが攻めるとBがその構えをとるので逆胴を打つというのが右(当サイトでは上)の連続写真。この場合は左小手にも打っていける。これは現在の実戦の中でよくある場面であり、よく練習しているパターンでもあろう。

次ページ(当サイトでは下)の例は、Aが右へまわると、Bは身体はもとのままだが、竹刀だけで合わせてきたという場面。そこに実質的に「割れた」空間ができるので、Aは小手を打つ、というもの。身体ごとまわってくればスキは生じないのだが、手だけで反応することによってスキができたのである(この写真のみAが左側、Bが右側)。

以上のような「いなづま型」に表せる構造を剣道の技術は原理として持っています。実際は、頭の中では誘い出して、つまり予測をともなって仕向けていたにもかかわらず、それが動作としては非常に微細ですから、表面的にはあたかも反射的に打っているように見えます。

大脳の判断レベルまで持ち込んで構成していった使い方が「読み」、それに対し、途中の「反射弓」といわれる部分で動作に切り換えてしまう人間の反射機構を使ったものが「反射」です。両者の現象結果はよく似ています。だから「一眼二足三丹四力」の「眼」は読みということでしょうし、あるいは剣道の言葉で一番よく言われる「攻め」の意味するところは、「いつ」「どこで」「何を」であって、予測をもっとも大事にしろと強調しているにもかかわらず、その具体的な中身を取り出すことはあまりされていないし、基本練習の仕方は前述のように1対0の関係による反射を身につける方法ばかりになってしまっているんですね。

確かに、そのほうが学習として早いのではないかと思わせるくらい、剣道の打突が決定されるための時間というのは短いんです。5センチずれただけで一本かそうでないかの違いが生じるし、受け違えてその上から打たれるかどうかの違いは0.1秒もないでしょう。そこを争っているのだから、事実として早いか遅いかの反射も大切です。

実際の稽古や試合では、面返し胴を例にとって考えてみれば、相手が面にくるかもしれないという予測はしているのですが、「くるかな、くるかな、あっ、やっぱりきた」という具合に、最後のところは反射的にパッパッと身体が動いています。

しかし、その場面において面にくるかもしれない、という予測は不可欠であり、内面的なほんのちょっとの心の準備がすぐれているのが名選手なのではないでしょうか。

上達の段階から見れば、1対0の約束された関係で行う反射の経路だけの1対0の技の練習も必要でしょうが、それはスピードやパワー、つまり身体がうまく動かせたかどうかの話であり、うまくいかない場合は、ただひたすら反復して繰り返して行くほかはないのです。

もちろん、それでうまく打てれば喜びはありますが、ここに述べたような予測を使う稽古によってうまく打てたときの喜びは反射の打ちとはまた質が違うと思うのです。そこには自分が仕組んだ喜び、技を構成した喜びがあります。相手の心を読む、動作を読むというのは、未来にかかわる時間認識であり、きわめて頭脳的な喜びであると思うのです。心理学でもいわれていますが、読み、予測というのは、生得的なものではなく、明らかに学習された能力です。身体的な資質ではなく、経験、情報の蓄積であり、人間の人間らしい能力だと思います。

そしてこれは反射的に行われがちな試合結果だけにとどまらず、技を楽しんでつくっていく剣道というような姿にもつながります。だから、読み、予測というのは能力としても大事にしなければならないし、稽古の中でもそういう喜びがあるということをもっと強調してもいいのではないかと思うのです。

もちろん実際の稽古や試合の中では、このような読みを単独に使うわけではなく、複合して使っているわけです。

ここで述べたような「いなづま型」の技の練習でも相手が決まった反応をすることを想定してやっていたのでは、1対0の関係と同じかせいぜい1対0.5の関係になってしまうわけですから、次の段階としては反応をアトランダムにして、それに応じて打つという練習に進んでいく必要があります。

そして、これを実際の稽古や試合での打ち合いにどう結びつけるか-。

相手の反応を大きく分ければ攻撃か防御か、です。言い換えれば、来るのか(懸)、待ちなのか(待)。そして相手の反応が攻ならばこうする、防ならばこうするというふうにインプットされている。経験を積んだ剣士はその選択肢を多様にもっているわけです。そこに「いつ」「なに」「どう」「どこ」を組み込んでたばねていく。それらをたばねて複合化した、いわばフローチャートのようなものを頭の中にもっているわけです。高校生ぐらいの場合でも、相手の反応の攻、防に応じて、二つないし、四つぐらいの技を頭の中にもって戦っているのではないでしょうか。

したがって次に必要なのは、ちょっと深く攻め入ってみて、出る気配が濃厚なら待ってみよう、出てきそうもなければ打っていこう、という「距離認識」ですね。ある距離に入ると相手は態度を決してくれるでしょう。そこで「出る」と思ったらあまり深く入らずに、相手がくるときのために準備しておく。あるいは誘いをかけてみる。来ないようなら「よけスキ」や「ぼけスキ」を予測しながら打っていく。深く入ったり浅く入ったりを繰り返す中で、この距離認識を身につけていくことが次の段階へのステップであろうと思っています。攻と防を複合化していくということですね。

アトランダムな反応に対して打ち分ける

これまでに挙げたパターンを実際の稽古や試合で使いこなすための、もう一歩進んだ段階の単純な練習方法である。

右の人物が間合を詰めていくと、攻められた左の選手は(1)面を防ごうとして手元が浮く、(2)小手をかばおうとして面があく、(3)面を防ごうとして(1)よりも大きく手元を上げる、のいずれかの反応をする。最初はこれまでのパターンと同じように、(1)の反応をしたので小手を打っていく、(2)に対して面を打つ、(3)に対して胴を打つ、という練習を繰り返すが、次の段階では、左の人物は(1)(2)(3)のどの反応をしてもいいことにする。右の人物はそれに応じて瞬時にスキができた部位を読み判断して打つ、という練習をする。

このようないなづまの反応をアトランダムにして、相手の変化に合わせて打つ練習法は多様である。


「生きた基本」を学べば、剣道はより楽しくなる

「生きた基本」を学べば、剣道はより楽しくなる(坂上康博)

打ち方とその便い方は別物。
スキのつくり方など、“使い方”を含んだものこそ基本であるベき

「まっすぐ打つ」「きれいに正確に打つ」といったことを「基本」とし、それができないうちは、試合をしてもメチャクチャになってしまう……そういう発想が剣道界では根強くあるようです。しかし、きちんとした打ちを繰り返し練習しておけば試合もうまくいくかというとそうとは限りません。むしろ、基本動作だけやって「さあ、試合に行きなさい」と放り込まれてしまった場合の方が、かえって混乱してしまい、それまでできていたはずの基本動作が崩れてしまうということが多いように思います。

繰り返し練習してきた握りや足運び、打ち方といったものが、自由に動く相手には通用しなくなるんです。ふだん、練習でやつてきたのは動かない相手に対する練習で木に打ち込むようなものだった、あるいは、応じ技の練習にしても、相手は決まった動作しかしてこないから実際の場面では生かせない……こうしたことは指導する側が、動作の正確さやスピードを習熟させることを「基本」の中心にすえ、実際にどういう場面でそれを使ったらいいかについては地槽古や試合で「自得」させるに留めた、というあたりに原因があるのだと思います。

つまり、面打ちのやり方は基本として教えても、面打ちを成功させるための「手だて」は基本と切り離して考えているんですね。教えてもらう側は、機械的な反復練留によって動作のしかたは分かるけれども、その使い方を教えてもらっていないから、試合に生かすことができないのです。

昔、大学の授業の際、初心者から「先生、打ち方は分かりました。じゃあ、それをいつ使えばいいんですか?」と聞かれてドキッとしたことがあるんですが、そのあたりに初心者指導のひとつの壁があるような気がします。「型」を重んじて一定のパターンを繰り返すのは日本の他のスポーツでも悩みの種のようで、例えばサッカーではこんな話もあります。

Jリーグができて日本のプロサッカーのレベルは上がり、外国人の監督もたくさん来日しています。その中で、2年前まで名古屋グランパスにいたベンゲル監督がイギリスに帰る直前、朝日新聞の記者に「これから日本にとって何が必要か」とインタビユーを受け、こう答えていました。「名古屋グランパスの選手はシュート練習を見たら世界でもトップクラスだ。マラドーナと同じくらいのシュートを打てる。だけど、試合になったらそれができない。これからは創造力というか、応用力が必要だろう」と。型にはまったパターン練習は世界に通用するほどうまいのですが、実戦になるとボロボロになる。練習が実戦に生きないんです。

あるいはブラジルの選手が言うには、ブラジルのサッカーは子供の頃から、みんなで遊びの中で積み上げてきたということを強調します。何が違うかといえば、遊びの中で、勝手きままな動きにもまれてきたことで、ブラジルの技術は生きたものだといえるわけです。

我々が考える「基本」とは、まさにそこを含んだもの、「いつ、どこを、どういう風に打つか」ということまで含んだものと考えて、実戦につながる生きた基本を目指していきたいと思っているんです。それを「基本技術」とし、一方で握りや竹刀の振り方といったものは「基本動作」ととらえています。

昔は私も「基本」といつたら足運びなら足運び、握りなら握り、打ちなら打ち、それぞれ一つひとつ完成させていくものと思っていました。ところが、ある人から「それは要素主義だ」と批判されたことがあったんです。こういうことでした。「水は分解するとH2Oなのに、あなたたちのはHまでとってしまっている。OとHをバラバラにしたら、もう水ではないし、基本とはいえない。最後の単位というのはもっと膨らみをもっていて、最初に教えるものであると同時に、最後まで必要なもの、つまり上級者になっても途切れないひとつの塊こそが基本ではないか」。

なるほど、そういう発想でいけば、「基本とは何か」ということも考え直す必要に迫られるんですね。

私自身、海外で、剣道をまったく知らない外国人の前でデモンストレーションをするとき、まず、伝えようとするのは、「何を争っているのか」ということです。スピードを競い合って面を打ち合うとか、力づくでやたらめったら打てばいいわけでは、決してない。「一本」の争いということを伝えたいわけです。有効打突を奪うためには、互いにスキを見つけ合い、崩し合わなければならない。

これを理解させることが、決定的に重要なことだと考えると、その一本をめぐる攻防にこそ剣道の魅力や面白さがあり、そこに最小単位の基本というものも見えてくるのではないか――我々が言ってきた「スキをめぐる攻防」とはそういうことであるように思います。典型的な例でいえば、面にフェイントをかけて、相手が防いだら胴を打つ、というようなものもありますが、それは初心者指導の根幹をなすものと言っても過言ではない。我々が大事にしているのは、「スキ予測(読み)」「技の組み立て」「構想力」といったもので、そこまでを含んでこそ、「基本」といえるのではないかと思うのです。

スキは、いつ、どういう瞬間に生まれるのか?
それを分かろうとすることは、健全な努力目標となる

我々は「スキ」というものにテーマを置いていて「剣道学校」でも勉強会を開いてきました。そこでひとつ学んだことは、剣道では、打っていく動きよりも防御する動きの方が早いということです。例えば相手に打ち込もうとする際、竹刀が動きはじめて狙った部分に届くまでの時間は、どうスピードァップしても0.3秒前後かかります。それに対して防御する動作に要する時間は、およそその半分。つまり、動作の時間からしても有利なのは防御する側なんです。そういう優劣のついた関係の中で、相手から一本を奪うためには、相手が防御できない瞬間を狙っていく必要があります。それが「スキ」です。ただし、そのスキはある瞬間に現われてはすぐに消えていくもので、一本を奪うためには、 一瞬生まれたそのスキを的確に打たなければなけません。よく言われる「見事な一本」とは、そうしたスキをいかに確実につくり出したか、あるいはいかに的確にとらえたか、ということの評価でもあるわけです。

ではどういうときにスキ(相手が防御のできない瞬関)は生まれるのか。その典型的なものを、私たちは「防御がまにあわない瞬間」「防御を間違えた瞬間」「防御への切り換えが困難な瞬間」の三つに分けてきました。ある中学校の先生は、もっと生徒に分かりやすく「ボケスキ」「よけスキ」「攻めスキ」と教えていますが、ちなみに、それをさらに細分化すると、次のようになります。

【防御がまにあわない瞬間】

(ボケスキ)

○相手の攻撃を分別できない瞬間

○近距離まで接近された瞬間

○竹刀の自由が奪われてしまった瞬間

【防御を聞違えた瞬間】

(よけスキ)

○ある打突をよけた瞬間

○ある部位のよけをやめようとした瞬間

【防御への切り換えが困難な瞬間】

(攻めスキ)

○攻撃に出ようとした瞬間

○攻撃中~攻撃が終わった瞬間

これについては以前も詳しく紹介させていただきましたが、ひとつ分かりやすい例として「よけスキ」をとりあげると、その代表的な手段として「フェイント攻撃」をあげることができます。

面を打つといぅモーションを見せれば、相手は面を防ごしうとします。すると、小手や胴や突きといった部分にスキが生まれるのでその瞬間を打ちます。「どこを打つか」について、相手に間違った情報を送るのがこの方法。もうひとつは、面を打つと見せてすぐには打たず、相手が「おや、来ないのか」と思って防御をやめて構えに戻ろうとした瞬間をつくという時間差攻撃、つまり、「いつ打つか」について相手に間違った情報を送る方法です。

できるできないではなく、こうしたらこうなる、というパターンを覚えることがここでは大事なんですね。一本にするにはさらに習熟した動作が必要ですが、大事なのはまず頭で理解すること。どういうことかというと、相手が面をよけるとスキができる、しかし、そのとき、「スキができた」と思ってから打ったのでは間に合わない。見えた瞬問はもう過去になってしまうんです。「スキは未来にある」という言い方をするんですが、こうすればスキができるという見込みを立てて(つまり未来を予測して)「スキづくり」から「打突」にいく必要があるんです。実際にはできなくても、「スキは、いつ、どういう瞬間に生まれるのか」ということを頭に叩き込んでおくこと、「分かる」ということが、基本の重要な一部ではないか、と。その「分かる」が、積み上げてきた「基本動作」と試合や地稽古で打つといぅことをつなぐ極めて重要なものだと思うのです。

話は少しそれますが、最近、燃え尽き症候群ということが言われます。原因のひとつとして、試合結果だけを目標にしてきたことによる閉塞感などもいわれますが、「試合に勝つ」という目標は、「負けたらそれで終わり」という面をはらんでいるんですね。 ″勝つために″まわりが「努力しろ!努力しろ!」と言っても努力したことでどうなるのかという筋道が見えてこないと意味がないんです。逆に、努力目標がはっきりと成果に現われれば、意欲的になれます。そのあたりは福島大学の工藤孝機氏(教育学部助教授)に「剣道学校」の特別講演(「スポーツ心理学からみた上達のしくみ」)でお話していただいたことで、我々にとっても非常に勉強になったことでした。要するに、「分かる」ということや、それをできるように練習するということは、はっきりとした努力目標にしやすくもある。ちょっと長くなりますが、そのときの講演の一部を紹介しましょう。

「人との関係を目標とする人を『パフォーマンス指向』。これに対して、自分の習熟を目標とする人を『マスタリー指向』といいます。マスターというのは習熟という意味です。先の『応答的環境』ということから見てみると、『パフオーマンス指向』のばあいは、ひとつ問題があるんですよ。『パフオーマンス指向』のばあいは、人より上になること、勝つことが目標になりますから、その人が非常に強い時はいいんですが、勝てるから目標を達成できますよね。だからやる気が持続する。では、あんまり実力のない人はどうでしょうか。そういう人が『パフオーマンス指向』をもつと、自分は実力がないわけだから、いくらやつても人の上には立てない、勝てない……いくらやったってダメということで、やる気を失っていく」(中略)「『マスタリー志向』、つまり今の自分を高めることが目標だと思っている子供は、能力が高かろうが低かろうが、もっとやってみたい、という明るい展望をもっているんです」(中略)「これまでの話は個人の目標についてですが、もうひとつ、集団がどういう目標を持つか、という問題があります。集団が『パフォーマンス指向』をしだすと、これを何といいますか?勝利至上主義つて言うんですね。勝つことが絶対だ。つまり、こういう集団だと時に努力が報われなくなる時があるんですよね。努力してこの前よりはいい試合をしたのに、「勝たなきやダメ」って言われたら、じゃあ何で自分の努力を計ればいいのか、計るものさしがなくなっちゃうんですね。ドロップアウトを生む」(後略)

防御を大事に考える理由。
打ち下ろすのではなく、振り止めることがより有効打突に近いことの理由。

スキをつくつて打つという練習法を成り立たせるためには、相手が正確によける力を持っていることが大切です。防御能力と攻撃能力が互いに伸びていく関係が理想ですが、防御の重要性を我々に改めて気付かせてくれたのが、ある水泳の指導法でした。

川口智久氏の『水泳らくらく入門』(岩波ジュニア新書)に詳しく紹介されているその方法は、私も子供やお母さんたちに泳ぎを教えるときに使ったことがありますが、まるでマジックのようなんです。90分つまり授業の1コマ分もあれば誰でも泳げるようになってしまうんですね。

その指導方法で独特なのは、呼吸から入ることなんです。今まではまずバタ足の練習をして、面かぶりクロールができるようになってから呼吸を覚えるという順番が普通でしたが、それをまったく逆にして、初心者にとってもっとも恐怖と結びつく「呼吸」から入ることで、最初に安心感をもたせるんです。そのあとで人間が一番器用に操作できる手のかき方を教え、足の動きを取り入れるのは最後です。細かい指導もたくさんありますが、これを剣道の初心者指導にあてはめて考えると、初心者の剣道に対する恐れで一番大きいのは、竹刀で叩かれる痛みでしょう。だからその水泳指導のように、恐れを取り除くためにも「防御」を最初の方で学ばせるようにしてきたわけですが、その防御ができるようになることで、スキをめぐる攻防の練習も成立させられるのです。

もうひとつ大事なのは「有効打突とは何か」ということですね。これを初心者にも明確にさせなければなりません。どういう打ちであれば有効打突になるのか、という「基本」を教えるために、我々はまず、次のような表現をしています。

「有効打突とは、(1)踏み込み足と竹刀操作が一致した発声をともなう打突であり、(2)竹刀先刃部の三分の一の部分、しかも、弦の反対側で、(3)一定の強さをもって打突したもので、(4)打突後に相手に反撃されない距離と位置にいること(残身)」

その中の打突の強さというこどですが、これは剣道の難しさのひとつだと思います。フェンシングの場合は500グラム重以上の圧力がかからないと一本にならない等とルールで明確にされています。それに対し剣道の場合も確かにある程度以上の打突の強さは必要としますが、同時にある程度の強さを越えるとダメだという上限もあるように思うんです。ぶっ叩くような打ちが昔から否定されてきたように、一定の強さじやないと有効打突とはなりません。そのあたりは初心者は感覚によって覚えていくしかないんですね。「今のは痛かった?」とか「今は触ったぐらいで感じない。もう少し強く」とか「それは強すぎる」と互いに感想を述べ合いながら最初は覚えていく。「快い痛み」を目標としながら、自分や他人の打突について鑑賞、評価のできる力をつけさせたいと思っているんです。

また、これは異論もあるかもしれませんが、快い打突を打つための基本的な考え方として、「打ち下ろさない」ということを教えます。打ち下ろすのではなく「振り止める」意識をもたせる。振り上めることで快い痛みを伴わせる感覚を身につけて欲しいと思っているんです。

あとは打突部位ですね。剣道の打突部位が極めて限定されています。私が持っているある本の中にあるイラストは、世界の格闘技の選手がそれぞれのコスチユームを着て20人ほど並んでいるのですが、順番は左から打突部位が多いもの、右にいくにしたがつて、打突部位が少なくなっていくというイラストです。その中で一番右に位置しているのが剣道なんですね。打突部位が極めて限定された競技であることがわかります。しかも、サッカーやバスケットボールのゴールのようにいつも定位置にあるのでなく、つねに移動するものを狙わなければなりません。とくに小手の動きはすさまじく、例えば振り上げた小手などは、構えたときと全然位置も角度も違ってくる。いろいろな高さで打つ場合があることも覚えておく必要があり、その限定された部位を正確に打つためには、打突の精度も高めていく必要があります。ところが、防具には打突部位が漠然としてわかりにくいという面があり、とくに小さな子供の場合、小手のどこを打っていいのか分かりにくい。先日、目標を明確にするために、小手の筒の部分にテープを貼ったのですが、それによって打突の精度ということに意識が持っていければ、と思いますね。

180度違ったトレーニング理論で開花した100メートル走の伊藤浩司選手。
さて、剣道の練習法は大丈夫?

今、基本としてっているようなことは、大正時代になって、学校教育に剣道が取り込まれたことで画一化されていった部分がかなりあったように思うんです。古流の形が剣道形に統一されたように、大人数を一度に指導するためのマニュアルをつくったわけですから、画一化された上に長い歴史の中で、そのマニュアルに対して拡大解釈されてきた部分もかなりあったかもしれません。例えば、私が子供のころ教えられたのは、左手の小指と薬指はつねに力を入れておくというものでした。しかし、憶測ですが、本来は最後に決める瞬間だけ力を入れるべきだったのが、いつのまにか“つねに”という解釈になってしまった、という可能性も考えられなくもない。ほかにも中学時代には「左足は右足の前に出てはいけない」と教わってそれを忠実に守ってきたのですが、ある日、その方法では踏み込んだあとスムーズな体重移動がしにくいということに、大人になってから気付かされました。勢いのある踏み込みというのは、右足が着地した隣間に、左足を前に出して体重を瞬時に移動することで一気にすり抜けられる、ということを教わったんです。そうすると、腰が入りやすいし、ものすごく素早く抜けられるんですね。人間の動作としても自然だと思うし、それが分かるとそれまでの左足を前に出してはいけない不自由さとはいったい何だったのか……。いまも左を出すことはタブーなのかもしれませんが、そのあたりは画一化されたことの、あれはやっちゃだめ、これもだめと制限を受けてきたことの問題点かもしれません。

先日、陸上のアジア選手権100メートル走で優勝した伊藤浩司選手は黒人選手以外では出したことのない夢の9秒台に期待のふくらむ選手ですが、彼は鳥取でトレーニングジムを開いている小山裕史氏の元、小山氏の「初動負荷理論」を実践したことで開花したそうです。簡単に言うと、それまでの一般的な理論は、蹴っていかに足を遠くに出すかということに力を入れてきたんですが、小山氏が唱える理論では、蹴るということをイメージしただけでもダメだというんですね。要は後ろの足を引きつけるというイメージを持つ。そうなると、トレーニングをする部分も全然違ってきて、それまでは腿の前側に筋肉をつけていたのが、小山氏の理論でいくと腿の後ろの筋肉が必要で、前側の筋肉は邪魔にさえなる、そんな話が雑誌『ナンバー』に掲載されていました。要するに、今までとは180度違った理論で鍛えたことで、結果が出たわけです。これだけ科学が発達しているにも関わらず、現実は、極めて単純な「走る」という動作できえまだまだ分かりきっていない。これは非常にショッキングな話で、さて、これを剣道のあらゆる動作で考えた場合、果たしてどこまで分かっているか……。考えるべきことはたくさんあるように思います。

スキ予測を含んだ基本練習というのは、考えながら行なうものです。それに対し、打ち込みや切り返しやかかり稽古を繰り返し行なうという方法があります。頭で考えるのではなく、反復し、身体に覚え込ませるという練習法が、これまでの日本的な考え方でした。しかし、『剣道日本』にも書かれていますが、かつての武専(武道専門学校)当時の練習の回想シーンなどを読むと、非常に考えていることがうかがえます。たしかに、稽古は切り返しなりかかり稽古を何べんも繰り返して習熟していくものだったようですが、一方では技を盗んでいるんですね。また、たとえば打ち込み台に向かって千本打ち込むような稽古、そうした同じ動作の反復は、逆に考えなくてもやれるということで、別なことも考えられるんです。例えば、打ち込みをする中で呼吸を意識したり、目付を意識する中で新しい何かを発見するということは確かにあったと思います。とくに、自分で発見したものというのは宝になりますから、確実に蓄積されたことでしょう。教え込まれたものを言われるままにやるというのとは違って、「自分で発見する」ことは自分の意識をかいくぐるわけだからしっかりと身につくんです。その意味では「行」のようなものにも合理性はあるのかもしれません。ただ、私としては、これまで述べてきたように、考えること、分かることを中心にすえた練習こそがより合理的ではないか、と思うんです。

『シンク・ラグビー~知的で冒険的なチ―ムプレーヘのガイド』(ジム・グリーンウツド著、ベースボールマガジン社)という本があり、これは日本に2年間滞在し、ラグビーの全日本チームを指導したグリーンウッドが日本人のために著したものです。彼は筑波大に籍を置いていましたが、日本の大学のラグビーの練習を見て、「70年ぐらい前にイギリスでやったことをそのままにやっていた」ということに驚くんですね。戦前、日本からイギリスに来て見た練習方法をそのまま日本に持ち帰って、今も変わらずにやっていた、と。早稲田はちょっと個性的だったらしいですけど、大学ラグビーは、軒並みそうしたイギリスの2倍も3倍も時間を費やした練習だった。「ハイテクで世界の最先端をいっている日本が、どうしてそんなに硬直して、技術開発がなされていないのか」と、カルチャーショックを受けるんですが、それでもつらい練習を乗り越えることで人間性を高めるというような日本的な大事な信念があるのだろう、と否定はしていないんです。だけど、もっと知的で、高い冒険性を備えたラグビーというものを彼は示唆しているんですね。2年間、日本の選手とやってきたから日本人の内面にも鋭く入り込んでいますし、日本のラグビーを変えようとするその理論は説得力もあります。別な分野ですが、剣道にも通じて、非常に面白いと思います。


スキとは何か

頭で考えるレベルアップ作戦
一撃の美を求める「剣道学校」の指導法

スキとは何か(大塚忠義、坂上康博)
イラスト/輪島正裕

1.あるママさん剣士と素人教授からの質問

Q1「先生、打ち方はもういいです。どうすれば相手を打てるんですか?」

Q2「たとえば、あなたが面を打って出て、それがみごとに決まったとしますよね。その時あなたは、一体何を見て打って出たんですか?つまり、攻撃に打って出るときの判断材料は何ですか?」

みなさんならばこの二つの質問にどのように答えますか?Q1は、剣道を始めたばかりのママさん剣士の質問。Q2は、私たちが参加している体育の研究会で、剣道はまったくの素人の大学の先生から私たちに対して出された質問です。私たちは10年くらいこの質問の答えを考え続けてきました。私たちにとってこの二つは、どちらも一生涯忘れられないくらい重たい質問であり、それは「一生の宝」のように大事な質問なのです。なぜ宝かというと、この質問は、スキとは何か、何を材料にし、いつ、どこを、どのように打てば相手を打つことができるのか、という剣道技術の核心部分をもっとも鋭くついた質問だと思われるからです。

もし、こうした質問に全面的に答えられるようになれば、剣道の魅力をより多くの人にもっと分かりやすく伝えることができるようになるし、より効果的な練習法も開発できるようになるのではないでしょうか。そして、きっと私たち自身がもっと剣道が好きになることでしょう。

考えてみると、これまでの指導は、たいてい動作の正確さやスピードの習熟が中心で、スキや打突のチャンスなどは、地稽古や試合で「自得」するもの、とされてきたように思えます。つまり、生徒の側からすれば、動作は教えてもらえても、それをいつ、どのように使えばいいのか、といったもっとも大事なポイントはほとんど教えてもらえずにいたのではないでしょうか。

たしかに私たちは、「撃つべき六つの好機」(注-1)「三つの許さぬ所」(注-2)といった示唆に富む教えを知っています。しかし、そうした教えの中では、「好機」が生まれる仕組みや、「好機」をつくり出すための具体的な手だてなどについては、ほとんど説明されていません。

注-1 「第一、敵の実を避けて虚を撃つ可し。第二、起こり頭又は懸かり口を撃つべし。」「第三、狐疑心の動くを見ば撃つべし。第四、居つきたるを撃つべし。」「第五、急かせて撃つべし、第六、尽きたるを撃つべし。」(高野佐三郎『剣道』132ページ)

注-2 「敵の起こり頭、受け留めたる所、尽きたる所」(高野佐三郎『剣道』133ページ)

2.なぜ答えられないのか

ところで、こんなことはありませんか。練習や試合の中で相手の面や胴をしっかりと打ち込んでいるのに、「今どうやって打ったんですか?」と問われると「ウウッ」とたちまち返答に困ってしまう。「ぼくが教えてほしかったのは今の面ですよ。先生、どうやって打ったのですか?」といわれてもうまく説明できない。なんともはがゆい気持ちですね。できるのに答えられない。つまり、できるんだが、わかっていない。

なぜなのでしょうか?さしあたり、二つの理由が思い浮かびます。

ひとつは、『のびのび剣道学校』(窓社/電話番号省略)の本の中で述べたような、「動作の自動化」「動作の反射化」(58~59ページ)という上達のメカニズムそのものです。熟練すればするほど、ほとんど無意識的に、つまり、いちいち考えないで相手の動作をかわしたり、攻撃できるようになりますね。いちいち考えないで反応できるようになるわけですから、これは頭の中に記憶としては残らない、つまり自分の技術を解説できなくなってしまう。このような宿命的なしくみがどうもあるようです。

もうひとつは、先にも述べたように、スキや打突のチャンスについての指導をほとんど受けてこなかった、ということがあるように思います。それらを「自得」してきたけれども、他の人に説明できるような「知的な枠組み」(数学や物理の方程式や法則のようなもの)は頭の中に入っていない。こういうことではないでしょうか。

「頭で考えるレベルアップ作戦」というタイトルにも現れているように、私たちは、「できる」ということ以上に「わかる」という点が非常に大事だと考えています。たとえば、スキの生まれる仕組みをいくつかの「方程式」や「法則」として頭で理解できたなら、目標を明確にし、上達の見通しを持ちながら「納得ずく」で練習に打ち込めることができるのではないでしょうか。「わかる」ことによって初めて、より効果的な練習法を考え出したり、お互いに教え合いながらみんなでうまくなっていくことが可能となります。

剣道をよりよい文化遺産として後世に伝え、また、世界各国の人々に剣道を普及していくためには、「わかる」ということがどうしても必要だと思います。

では、スキについての私たちの考えを披露し、ご検討をお願いすることにしましょう。これは、冒頭に掲げた質問に対する私たちなりのせいいっぱいの解答です。どうか、みなさんの率直な御意見や批判をお寄せください。

3.スキの方程式を頭に入れるための試案~3つのスキ

スキとは「防御できない瞬間」である、ととらえることができると思います。相手に打ち込もうとする際、竹刀が動き始めてから狙った部位に届くまでの時間は、どうスピードアップしても0.3秒前後かかります。これに対して防御の動作にかかる時間は、およそその半分です。動作の時間からすると、防御の方が圧倒的に有利なのです。こういう状態の中で相手から1本を奪うためには、相手がどうしても「防御できない瞬間」を狙って打たなければなりません。

では、相手が「防御できない瞬間=スキ」とは、どのようなものなのでしょうか。これを私たちなりに整理してみると、とりあえず、表-1のように分類できるように思います。

少し詳しく見ていきましょう。

(1)スキA 防御が遅れた瞬間

たとえば、面や小手の「単発技が決まった瞬間」を考えてみましょう。先に述べたように、動作の時間だけみるとたしかに防御の方は圧倒的に有利ですね。しかし、実際には、構えからそのまま跳び込んで打った小手や一歩間合いをつめて打ち込んだ面も鮮やかに決まります。なぜでしょうか。ポイントは二つあるように思います。

A-1「相手の攻撃を分別できない瞬間」

ポイントの第1は、防御する側の「反応時間」です。つまり、防御の動作を開始するためには、その前に、相手の攻撃を察知して、「ヨシ、これは面にくるな!これは小手だな!」と判断しなければなりません。つまり、≪いつ≫≪どこ≫を打ってくるのかの分別です。この分別に要する時間を「反応時間」といいますが、これが長くなると、防御の方が間に合わず相手に打たれてしまいます。相手が≪いつ≫≪どこ≫を打ってくるのか分別できず、「反応時間」が長くなってしまった瞬間にスキが生まれたわけです。(図-1)

これは、心理的に生じるスキです。先入観や思いこみによって自分から「判断ミス」を起こしたり、集中力を欠いてボーッとしている瞬間もこのスキに含まれます。

したがって、攻撃する側からいうと、相手に≪いつ≫≪どこ≫を攻撃しようとしているのかを察知されないようにすること、従来の剣道の用語でいうと「色を見せない」「起こりがわからないようにする」ということ、相手が集中力を欠いている瞬間を的確に見抜くことなどが重要となります。

A-2「近距離まで接近された瞬間」

第2のポイントは、距離です。「一足一刀の間合」だと防御の方が有利なのですが、非常に近い距離-極端な話、たとえば面や小手の10~20センチ手前まで近づいた場合では、この関係が逆転して、防御よりも攻撃の方が速くなります(図-2)。この逆転現象が生まれる間合がどのあたりかは、ぜひ実験して確かめてみてください。これはほとんど物理的に生ずるスキといってよいでしょう。

このような二つのポイントから見てみると、たとえば、高段者がよく使う「構えを変えずにそのままグーッと一歩間合をつめて面!」というのは、こうしたスキの性質をみごとに利用した攻撃だということがわかると思います。つまり、相手に≪いつ≫≪どこ≫を打ってくるのかを察知されないようにしながら、近距離に近付いて「防御が間に合わない瞬間」を作り出しているわけです(この時さらに、スキB-2で述べるような時間差攻撃を使っている場合も多くあります)。一見ただの単発的な基本打ちのように見えますが、そこにはこうした仕組みがあると考えられます。

A-3「竹刀の自由が奪われてしまった瞬間」

相手に竹刀を押さえられたり、竹刀を巻き落とされたりした場合は、これはもう、よけたくてもよけられません。物理的に防御が不可能なのです。「払い技」や「巻き落とし技」が、このスキを打つ典型的な方法です。

(2)スキB 防御をまちがえた瞬間

このスキも、さらに次の二つに分けてとらえることができると思います。

B-1「ある部位をよけた瞬間」

面、小手、胴、喉という打突部位は、それぞれが上下、左右、前後の位置にあります。ですから、どこかひとつの部位を竹刀でよけると、必ず他のどこかの部位が空いてしまいます。こういう位置関係にあるのです。(図-3)は、もっともよく使われる面のよけ方ですが、この場合だと上から、右面、突き、小手、右胴、左胴、の計5カ所の部位ががら空きになります。小手と胴をよけた場合は、面と突きが空きます(図-4、5)。

このスキを作り出す典型的な方法は、フェイント攻撃です。面のフェイントを例にとると、面を打っていくモーションを相手にみせ、「面にくる!」と思わせ、面のよけをわざと引き出しておいて、それによってあいた右面、突き、小手、右胴、左胴、の5カ所のどこかを打つのです。フェイントによって、打突部位の≪どこ≫を打つかについてのまちがった情報を相手に送り、防御をまちがわせるわけです。

フェイント攻撃の練習法については、次回詳しく紹介する予定です。

B-2「ある部位のよけをやめようとした瞬間」

たとえば、「今面にくる!」と思って面をよけたが、打ってこない。「おや、こないのか」とよけるのをやめ構えに戻ろうとした瞬間にできるスキです。「よけの終了時に生まれるスキ」といってもいいでしょう。

このスキを作り出す典型的な方法は、時間差攻撃です。≪いつ≫打つかについてのまちがった情報を相手に送り、防御をわざと引き出しておいて、それが終了する時を狙って打ち込むというものです。

もちろん、この二つを連続的に組み合わせた攻撃もあります。

いずれにしても、≪どこ≫や≪いつ≫についてのまちがった情報を相手に与えることによって生まれるこれらのスキは、見ていてわかりやすいスキですね。

(3)スキC 防御への切り換えが困難な瞬間

このスキは、さらに三つに分けてとらえた方がわかりやすいと思います。

C-1「攻撃に出ようとした瞬間」

自分が攻撃に出ようとした瞬間から、攻撃の方に心も体も向かっているので、これを防御に切り換えることは非常に困難です。「しまった!」と思ってもキャンセルできないのです(注-3)。

このスキを打つ典型的な方法が、出小手、出ばな面、抜き胴などの「出ばな技」や「抜き技」です(図-6)。

注-3 「起こり頭といふは、既に敵の精神が面ならば面、籠手ならば籠手或一目的に向ひ、手足も亦之を打たんとする際なれば、精神及び手足の働を急遽に変換する能わず」(高野佐三郎「剣道」89ページ)

C-2「攻撃中~攻撃が終わった瞬間」

攻撃に出てから攻撃が終わった直後までは、「攻撃に出ようとした瞬間」と同様に、防御に切り換えることが非常に困難です。

ですから、相手の攻撃をかわした直後に素早く反撃すれば、このスキを打つことができます。面返し胴、小手すりあげ面、胴打ち落とし面などの「返し技」「すりあげ技」「打ち落とし技」が、このスキを打つ典型的な方法です(図-7)。

右(当サイトでは上)の二つのスキは、心理学でいうところの「心理的不応期」に該当すると思います。手短に説明しましょう。一般的に、短い間隔(ある実験では0.5秒以内)で異なった刺激が出された場合には、あとで出された刺激に対する反応時期が通常よりずっと長くなり、動作が遅れてしまいます。これを「心理的不応期」と呼んでいるのですが、これは人間が処理できる容量を越えているために起こる現象だと考えられています(注-4)。

たとえば、相手が抜き胴にくるのを見て「しまった!罠だった!」と思っても、よけるという第二の動作がすぐにはできない理由はこのような人間の心理のしくみによってうまく説明することができます。

右(当サイトでは上)の二つのスキを打つ方法は、「応じ技」と呼ばれているものであり、また、「先々の先」「後の先」(注-5)という言葉でも説明されていますね。これをみごとに成功させるためには、相手を面や小手に「誘い出す」ということが決定的に重要です。この点については、次々回詳しく述べたいと思います。

注-4 「心理的不応期」については、調枝孝治『タイミングの心理』(不昧堂出版・1972年)186~197ページ参照。

注-5 「先又は先前の先といふは、隙を認めて敵より撃ち込み来るを、敵の先が功を奏せざる前に早く先を取りて勝を制するをいふ。詳しくいへば、摺り上げて撃つか、応じ返しに撃つか、撃込み来る太刀を、体をかはし引き外づして瞬間に我より撃つなり。敵よりも懸り。相対抗して勝つより対の先ともいふ」「後の先又は先後の先といふは、隙を認めて敵より撃込み来たるを、打落とし太刀を凌ぎて後に敵の気勢の痿ゆる所を見かけ、強く撃込みて勝つをいふ。よりて之を待ち先と称す」(高野佐三郎『剣道』162ページ)


私たちのめざす剣道指導(剣道日本掲載)

頭で考えるレベルアップ作戦 一撃の美を求める「剣道学校」の指導法
私たちのめざす剣道指導(大塚忠義、坂上康博)
イラスト/輪島正裕

1.はじめに

前号では学校の全体像をお伝えしました。今月は指導の概略についてお話をします。

ふつう、剣道の指導というと素振りや構え、打ち方や受け方、さらにいろいろな技を指 導します。もちろん、私たちもそのような動作を教えますが、それ以上に相手を崩してスキを作ることを大事にしています。単なる動作を教え、それができて も、いつどのように使うかが分からないと、結局は間合の近い団子状態になり、叩き合いになってしまうからです。私たちの指導の特徴の第一は<スキが分かり 予測できる動作を最初から教える>ことです。

もうひとつの特徴。それは<有効打突とは何かを分析することを教える>ことです。い うまでもなく、有効打突は剣道の目標です。ふつうの指導では先生が、「それは有効打突ではない」「気剣体が一致してない」と解説し、どれが正しい有効打突 であるかを教えているでしょう。私たちは初期の段階から、例えば初心者にもどんな打ちが「やった!」と思い、「やられた!」と思うのか、その実感を分析さ せながら、有効打突を明確にしていきます。そして、その基準をあげながら、骨太い技の学習に結びつけていくのです。

また、お互いに不安や恐れを感じる動作や行為をとりだし、それを反則にします。つま り、ルールをお互いに感じ考えながら技を学んでいくのです。ですから私たちの指導は、技術を覚えるだけでなく、意図的に有効な打突や反則を考え学ぶことを 教えます。この二本の柱が指導の内容になるのです。

2.剣道学校の指導-どんなことをやってきたのか

ここで私たちのやってきたいくつかの指導法について簡単にお話しします。それぞれについては次号以降で詳しく説明します。今回はまず、私たちの目指している指導法のポイントを具体的にイメージしていただければと思います。

(1)スキの予測を分かるために、フェイントを教える

私たちはスキを作るために、面を攻め胴を打つというフェイントを基本のひとつとして教えます。攻め-崩しのひとつの形態としてフェイントをとらえています(この他、基本としては小手-面や払い面、面を受けて胴などの実践もあり、まだ確定していないのが実状ですが)。

いずれにしても初期の段階では、一本打ちの面はスキを作りにくいと考えています。なぜかというと、一本打ちの面は、 相手の防御や攻撃よりも早く打てる正確な間合いがとれ、スムーズな踏み込み足や竹刀の動かし方ができないと成功しにくいのです。というのも面打ちは動作を 起こしてから相手の面に当たるまで約0.4秒かかり、これに対する防御は0.2秒ですみ、防御の方が強いのです。ですから、スキを作ることが分かりにくい のです。

私たちは、俗に「頭かくして尻かくさず」というように、面への防御意識の強さを逆に利用して、面を攻め面の防御を引 き出して胴を打つ、という動作でスキの作り方を教えるのです(イラスト1)。ただし、面を本当に打ってしまうと、力が入り過ぎ竹刀を横軸の方向に切り換え にくく、また、面部位と胴部位がほぼ同じ距離にあって面と胴という二歩のフットワークが難しくなるので、小さく一歩踏みながら面は振りかぶるのみで、相手 に面にくると思わせるだけ。このフェイント攻撃は、相手が出ばな技が使えるようになると効果が薄くなるので、初期の段階のスキの予測を教えるという方法な のです。

(2)一歩の踏み込み足の距離を知り、危険な位置と安全な位置を理解する

相 手に瞬間に近づき、打ち込むために踏み込み足が使われます。ではバランスをとりながらの踏み込み足はどれぐらいの距離が確保されるのか。初心者の体格や脚 力・背筋力などによって多少の違いがありますが、ほぼ70㎝~80㎝といえるでしょう。だれもが自分が一瞬にして縮めることのできる距離を分かる必要があ ります。

これを把握するためには(イラスト2)、両足を揃え両手を伸ばして竹刀を面の上におき、 そこから左足をやや大きく一歩退いて構えます。逆にいえば左足を一歩退いたところから、右足を一歩踏み込めば竹刀が面に届く距離を知ることなのです。面打 ちの当たっている局面から逆算して一足で届く距離を覚えるのです(注1)。

相手と向かい合った状態では、面打ちには竹刀の中結が交わるあたりが一歩で踏み込める距 離となります(注2)。しかし、この距離は相手も打てる距離ですので、危険な距離です。ですから、もう少し退いて、竹刀先が交わるぐらいの距離が攻撃にも 防御にも重要な距離となります。(1)で述べた、面を攻めて胴を打つ場合、最初の振りかぶりの面は、竹刀先の交わる距離から中結いの交わる距離まで小さく 一歩入って、その後、胴を一歩の踏み込み足で打つというツーステップなのです。

(注1)いわゆる一足一刀という竹刀先の交わる距離では、初心者による動的な関係での面打ちは極めて成功しにくい。中結の交わるあたりが一足で打てる距離となる
(注2)小手の距離は違うので、面との関係では二重の距離の予測になる。この点は連載中に詳しくお話します。

(3)防御力をつけ攻撃を確かなものにする

ふつうの指導では、防御の方法は自然に覚えるものと考えられがちですが、私たちは防御を 積極的に教えます。というのも、防御を知らない、できないということは、いつも打たれるのではないかという不安があり、攻撃しようと思っても機会や間合い を正確にとる余裕がなくなると考えているからです(イラスト3)。多少、恐い距離に入っても、打たれないという余裕や自信があれば攻撃もしやすくなるので はないか、つまり、攻撃のために防御力が必要だと考えているのです。また、技を練習していくときに相手が無茶苦茶な防御をとるようでは、攻撃するときに相 手の対応を予測できなく、思い切った攻撃もできないことになるのです。

このため、例えば「宣告防御」という練習を行います。それは攻撃側が打突しようとする部 位をあらかじめ「宣告」し、次に打っていく。例えば、「面!」といって面を打ち、次に「小手-面!」といって、小手-面を打つ(イラスト4)。このような ことを4~5回行うのです。防御側は何が攻撃されるのかをあらかじめ知った上で、竹刀やフットワークを使って相手の竹刀を逃げ、防御に慣れるのです。この 時の合言葉は、腕や足から緊張をとる意味で…とくに「顔」に余裕が現われるように「ルンルン、防御」「ウィズ・スマイル」としていますが、どうでしょう か。

(4)一方攻撃で攻撃・防御を総合する

ふつうの稽古はお互いに攻撃し、それに対応し防御もすることになります。これを私たちの 言葉では双方攻撃といいますが、私たちはそれはかなり難しいことだと考えています。というのも、今攻撃しようとすると、その時に「相手も攻撃してくるので はないか、ぶつかるのではないか、自分の打ちが思いもかけないところに当たってしまうのではないか」など、さまざまな局面がイメージされ、思い切った攻撃 ができなくなります。攻防を一緒に考えなければならないという頭の中のパニック状態をなんとかしたいのです。

そこで技の習いたてでは、一方は攻撃のみ、他方は防御のみにして練習するのです。ただ し、防御が遠くに逃げてしまい攻撃ができないことをなくすために、竹刀先を交えた距離で行うことを約束します。こうして判断しなくてはならない情報を制限 し、練習しながら次第に双方攻撃に移っていくのです。

(5)二刀でスキを作り、一刀を強める

初心者に二刀を教えるなんて「とんでもない」と思われるかも。でも、短い竹刀が用意できれば、さほど難しいものではありません。

私たちは三つの理由から二刀を行っています。一つ目は、二本の竹刀で一本の相手を攻撃す ることのやさしさ(イラスト5)。例えば、片方の竹刀で相手の小手を脅かし、相手がそれを防御した時、スキとなる面をもう一本の竹刀で攻撃するなど、二刀 の多様さからスキが分かり攻撃方法が構想しやすいのです。

二つ目の理由は、二本の竹刀は一本の攻撃に対して、防御がしやすいことです(イラスト6)

さらに三つ目は、一刀の側は二刀に較べれば攻撃・防御とも不利であり、その分、必要とな る正確な竹刀さばきや巧みな体さばきが強められると思われるからです。こうした2対1の竹刀での攻防によって、間合感覚やスキを分かりながら、一刀が踏み 込み足などにより、力強くスピーディーに打てるようになるのです。

(6)有効打突や禁止技や反則を感じ、ルールを共有する

剣道の得点、有効打突は、経験者でなくては判定できないといわれます。私たちは、基本的には初 心者自身が有効打突を分かったり判定できなければ、剣道を教えたことにならないのではと考えています。先生や剣道部員が判定したり評価するだけでは、初心 者は自分に基準がなく、剣道の喜びの半分しか感じていないのではないかと思うのです。

今の規則では、一本は「適法な姿勢」とか「充実した気勢」とか「正確確実な打突」などになって いて複雑な要素から成り立っています。また、それを評価する方法は、有効であったか無効であったかの二者択一の方法です。この複雑なものを初心者が二者択 一に判断することは難しいことではないでしょうか。そこで私たちは「3点の打ち」「1点の打ち」など、打突のでき不できに応じて基準を小分けにしたり、痛 い所への打ちはマイナス点にしたりして、打ちを評価しています。さらに、この方法によって、たとえ1点の打ちでも得点の喜びが味わえ、3点の打ちへの意欲 を湧かせたいのです。

防具を着けているとはいえ、竹刀で身体を打ち合うことは恐いことなのです。痛いところを打って しまう不安や打たれる不安があると、どうしても「遠慮がち」なことになるか、逆に乱暴なやり方になりがちです。そこで、ふつうの規則以上に初心者同士が安 心して練習できる「取り決め」が必要になります。例えば、防御しているところを連打することは反則とか、竹刀を力づくで叩いたり、振り回すことはペナル ティーとか……。初心者の意見や要望を聞くと、たくさんの行為が反則や禁止ではないかといわれます。

経験者は適当な強さによる打突、正確な技、的確なタイミング、その後の残心を作ります。それが 思うようにいかない初心者は、その不安の状態から、互いが気持ちよく、遠慮なく技を伸ばしていけるルールを初心者自身が考え共通理解することが必要なので す(ここに、互いに良いものを追求・想像していくという剣道の文化的特質があるのでは?)。

3.初心者の世界-これまでの指導の問題と新たな視点

私たちの剣道学校の指導の基礎には、それぞれが勤める中・高校や大学の授業があります。そこでは、剣道がやりたくて授業を受けている生徒だけでなく、しかたなくやっている生徒もいます。彼らが喜びながら真剣に剣道を学べるようにしたいものですね。

そのように改善するためには、初心者が何を悩んでいるのか、その世界を知る必要があります。また、その悩みや問題を 解決できる方法を初心者とともに指導者が探し出す必要があります。私たち経験者は、そのような悩みや問題を塔の昔にくぐり抜けてしまっているので、「な ぜ、この生徒はできないのだろう?繰り返すしか方法はない!」と思ってしまうことが多いのではないでしょうか。

私たちが見過ごしてきたことはいろいろあるようですが、打突部位の外に当たり痛みを相手に与えること、逆に自分が打たれること-その不安や悩みが根本にあるのではないかと思います。この視点には、これまでの指導が見直される多くのヒントがあるのではないでしょうか。

竹刀で痛打してしまうことは、例えれば、水泳が上手にできない人が呼吸ができなくて「水を飲みそうだ」という不安に陥ることに相 当すると思います。この打突の失敗に伴う痛みを解消するために、単に打ち方を反復し、繰り返し正確に打てるようにしようとしても解決にはならないのではな いでしょうか。その打ち方によって打とうとしても、相手はよけたり、逃げたり、動いてしまうので、結局は打てなくなるか、痛いところに当たってしまうから です。

ですから、相手が動くだろう先を予測し、読んで打つことを教えなければならないのです。再び水泳に例えると、泳ぐ動 作を教え、息継ぎはあとで自己流で覚えるということでは、水を飲んで苦痛を味わってしまうのと同じなのです。息継ぎと泳ぐ動作をワンセットで教える必要が あるように、剣道ではスキの予測と打つ動作をワンセットで教えることが大事だと思うのです。

また、スキの予 測を可能とするには、防御の側が適切な防御の動作や距離をとることが必要になります。防御が分からないとワイパー型(竹刀を左右に振るよけ方)とか、亀さ ん型(首をすくめ、腕など頭や胴部分を多い隠そうとする型)になりがちで(イラスト7)これでは攻撃もできないし、防御後の反撃もできません。ですから防 御のあとに反撃にいける適切な防御動作や距離の取り方をきちんと教えることも、攻撃側が防御側の動きを予測できるので、打ちはずしを少なくすることにつな がります。このように、攻撃と防御を一体のものとして教えていく必要があると思います。

ま た、先の「一方攻撃」のところで述べたように、一方が攻撃、他方が防御というように区分し、攻撃や防御そのものに充分に慣れることです。本来、剣道は「や るかやられるか」といった出ばなの技(カウンターの技)があり、攻防一体の攻める守るの意識で行なうものですが、技を習ったばかりの段階では、攻撃と防御 を区分した方が無理がないと思われます。

次に、あれこれの不充分な技をたくさん教えるよりも、いくつかの技の中から初心者が一つ二つ自信の持てる技を作ることが大事だと思われます。いわば、得意技を核にしてレパートリーを増やしていくことが、痛い打突というイヤなことを少なくすることになるのです。

さらにいえば、ふつう、スポーツの試合では技が上手でも下手でも(?)、試合はそれなり に楽しめますが、剣道はそうではないことが多いように思われます。その一つの理由には、審判がついた時、勝とうとするあまり力が入り、痛い打ちや暴力的な ものになりやすいことがあげられます。初心者にとって、試合は必ずしも楽しいものではないのです。試合の時期を考えることや、お仕着せのルールではなく、 自分たちのルールづくりが大事になります。

4 めざす指導者像

私たちは、このような考えを剣道学校のディスカッションや体育・スポーツ教育の研究会で学び、内容や方法を模索してきました。その工夫により、できない人が分かり、できた本人の喜びが私たち指導者の喜びとなり、さらに、新たに指導者も学べるという思いを痛感してきました。

私たちの指導者用の冊子の表紙に、フトした思いから「指導者は指導を楽しむこと」と書き ました。心底から楽しむにはまだまだですが、初心者の疑問や悩みがもっと鮮明に語られれば、そして、指導者同士が自由に自分の分からないところを語れるよ うになれば、もっともっと指導を楽しめると思うのです。


過去の記事